- 色んなひとりがあって、ひとりはひとりであっていい。生きるべし。人生にちょっとした援軍が来た感じがして、うれしいです。(50代女性)
- あれほど嫌った涙をぬぐいもせずただ泣きに泣いた。(中略)まさに終活をと思う高齢者の「課題図書」なのである。じたばたとするよりのんびりと読むこの1冊に「答え」がひそんでいるのだ。(70代男性)
- どれほどたくさんの女たちがこれは私の物語だ、桃子さんは私だと思ってこの本を読むことだろう。生きることは苦しく辛い。しかし私の中にも周りにも大勢の桃子さんがいて戦っている。良い夫を得てかわいい子供に恵まれ慎ましく幸せに暮らしている女はこの本を読め。母となったすべての女はこの本を読め。一人で生きて一人で死んでいく女はこの本を読め。そして最後まで生き抜こう。(60代女性)
- 度々襲ってくる悲しみや寂しさの中でも思考し、気づき、夢想し、発見し、興味津々な桃子さんが愛おしい。(50代女性)
- 誰しも自分の生きてきた道を否定したくはない。ましてや家族がいるあいだは満ち足りていたのだから。(60代女性)
- 男は連合いに先立たれると桃子さんのようにはなれません。女性は強い。それを改めて認識させられました。(60代男性)
- もっと早くこの本に出会っていたら、もっと祖母に優しくできたのかも。もっと祖母を頼ったかも。そして、これからは母に優しくしてあげたい。もっと母を頼りにしたい。(40代男性)
- 老いた後のひとつの生き方を指標してくれる小説だ。(40代女性)
- 桃子さんがそうであるように、私たちも祈り、歌い、踊り続ける。無我夢中で生きるということは、おそらくそのような無邪気なものなのだ。ある種の冒険小説でもあるこの作品で、私たちは老いと死の有限と無限を同時に見出すことになる。けれどこの物語を歌うようにして読んでいると、そんな堅苦しいことはどうでもよくなって、老いというものが楽しみのようにさえ思えてくる。誰もがいつかそれぞれの永遠を見つけられればいい。この小説を読み終えた後になってもずっと、いつまでも、そんな桃子さんの祈りが聞こえてくるようだ。それはこの物語が祈りで出来ていることと無縁ではないのだろうと思う。(30代男性)
- 2年前に夫に先立たれて毎日本の桃子さんのような気持ちを今まさに経験しています。まるで自分を見ているようで涙しながら時にクスリと笑いながら読みました。(70代女性)
- 若竹千佐子様、芥川賞受賞、おめでとうございます。私にとって本書は、最後の一行に尽きます。人が生きて行くうえで引き受けざるを得ない、老いて行く悲しみ、辛さを救うことができるのは、幼い子どもたちの存在だけなのではないか。閉ざされた部屋の窓を開けてくれる子どもたちがいる限り、人は今日も、明日も、胸に希望を抱いて生きていける―そんなふうに思わせてくれたこの小説(と、作者に)感謝したいです。(50代男性)
- 昭和55年、学卒後、初任地が遠野でした。沿岸部山田町の出身で遠野の寒さは驚きでしたが、何故か言葉や人柄は暖かく、当時の言葉や風景が昨日ことのように思い出されます。 方言には標準語に無い微妙な気持ちや状況を表現できる不思議な力があり、職場でも、しばしば宮古出身の若干先輩に方言で話しかけますが、その時、必ず笑いが生まれます。ホニ、ぬっきい雰囲気です。先月、方言で書かれた題名の小説が書店のベストセラーコーナーに「えばって」積まれていて、迷わず買いました。昨年耳順を迎えたものの、ひと様のご意見に耳を傾ける心の余裕もまだ獲得できていない頑固オヤジですが、方言で書かれた哲学書という感想がぴったりのこの本には、ホニ、純粋で素直になれたオヤジです。先日、永久保存版として二冊目を購入しました。初めてです。(60代男性)
