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立読み
黒田晶の 『メイド イン ジャパン』は、スナッフビデオを素材にした時点で、個人的に作者の首を絞めたくなる不快な作品であるが、文章が最も面白い、という不愉快さをも自分にもたらした快作。俗的非難を受けるのは覚悟の上だろうから、自らのイメージをひたすら正確に書くという、作家の唯一のモラルを肯定、応援しよう。 
―― 藤沢 周 ――――――――――

メイドインジャパン
黒田 晶
“Hi,kids! Do you like violence?”
ビデオレコーダーが微かに軋みながら、ビデオを飲み込む。機械は自ら異物を自分の中に招き込む。他の存在を吸い取って、その動きはまるっきりてめえのマタグラに自分から突っ込もうとする slut みたいな感じで、おれたちの、突っ込んで吸い取られたい欲望にぴったり。
I  WHO CAN DENY ?

おれは今、ビデオを見ようとしてる。こいつはいわゆる、タチの悪いキディ・ポルノ。すごいことに、こいつはスナッフ・ビデオだ。キディ・ポルノというのは、“いたいけな子供が大人(達)に犯されちゃう”という代物で、スナッフ・ビデオだとそこに過剰な暴力――表現、が加わる。子供は犯され、殺される。おれは本物を見るのは初めてだ。つまりたいていの場合この手のポルノに出てくる殺人シーンは作り物で、ジャンルはいってみりゃSF。あんたは信じないかもしんないけど、スプラッタ・ホラー見てアソコをおっ勃てる人間もこの世にはいるってことだ。話は変わるけど、一体何本のポルノが毎日リリースされてるんだろうって時々考えない? 毎秒何人の子供が産まれてきてるんだろうってこととかさ。数えることって不思議だ。問題自体はカウントされるという行為によって、イコールになるんだ。あることはカウントしようとするけど、あることはアホらしくて数えない。それだけの差。毎日何人死んで、何人妊娠してんのか。数えて、何か解ったような気になって、それ以上考えなくて良くなる。数えるって行為は、無機質で、無表情で、すごくセクシー。
 話を戻そう。スナッフ・ビデオだ。世界中のスナッフ・ビデオ全部の中には、どのくらいの確率かは知らないが、ドキュメンタリーものが混じっている。おれが見ようとしているのはそれだ。当たり前だけど、普通のビデオショップにはないよ。本物の幽霊が映っているホラー映画に当たる確率よりは全然高いと思うけど、そんなもの探すのに労力使うより、飛行機に乗って何処かよそにいって、本当に若い(5歳とかの)カワイコちゃんとSMプレイを楽しんだ方が確実。
 いいかい、こいつはカウント可能の事実。スナッフビデオでは人が殺されるんだぜ。あんたの目の前で、プレイボタンを押せばいつでも、何回でも。
 このビデオの所有者は、おれらの仲間4人の中でもとびきり変態野郎のタカシ。正確に言うとタカシのオヤジのもんだ。オレ達はオヤジにちょっとドープとかを用立ててやることで、これを手に入れた。タカシのオヤジは大会社の役員だが(つまりまっとうすぎるほどの社会生活を営んでいるのだが)ガキンチョがヤられる(犯られる――時には殺られる)のを見て楽しむ、“アメリカン・サイコ”の超ノックダウン版みたいなヤツ。でもドラッグを自分の息子とその仲間からゲットするんだから、どうしようもねぇよな。ガッツのない変態っていえば解ってもらえると思う。オヤジの趣味ときたら世の“思想派”ロリコン坊やに対する冒涜か、てなもんだ。まったくゲロる。ま、とにかくオヤジのソレ関係のコレクションときたら――CDロムなんかも含めたら――ゆうに1000タイトルは越えてんだから。驚嘆に値する。とりわけご自慢なのがアメリカやドイツ、オランダから取り寄せた、スーパーウルトラアンダーグラウンドなビデオ。オヤジによると(この変態野郎、世間におおっぴらにできない自分の性癖自慢を、てめぇのガキの仲間にすることで、フラストレーションを昇華してんだぜ)こいつらは、ホントのホントにマジもんで、世界中のソレ系のネットワークに本気でダイヴしてかないと、手に入んないんだってさ。タカシのオヤジは最近ドイツの気合い入ったグループのコネクションに(やつは大昔のハーヴァード留学と商社で鍛え上げた英語と独語を、そんなことに使ってやがる)認められたんだ。そいでビデオちゃんがはるばる海を越えてお家までやって来たというわけ。今日はお披露目会。タカシがビデオのラベルを読み上げる。

「なんて」
「性別/男 人種/白人 年齢/七歳 髪/ブロンド 瞳/ライト・グリーン」
「けっこうかわいいねぇ」
「マジでやられんの? すげくない? だって、こんなのはいんの?」
「クスリある?」
「ナチュラルで行こうぜ、今日は。アシッド食って見る気かよ……死にたくなるぜ」
「はっはは」

 実際ラベルはドイツ語で書いてあったわけだけど、タカシは読んだ。どうしてタカシが独語を読めるかっていうと、変態オヤジの転勤のせいで小2から中3までドイツのベルリンにいたからだ。おかげでこの日本国じゃまったく使えないドイツ語をこんなところで役立てることができる。ヤツは現地校にしか行かなかった。地元のパンク仲間とレイヴにばっか行ってたそうだ。漢字を学ばなかったので、ひらがなとアルファベットしか使わない。世間じゃ全くの落ちこぼれって感じ。今高2だけど、マンガの中にだって時々読めない字があるんだ。まぁ、おれだってそう大して差はないかもしれないけど。ヤツのママは、すっかりガイジンになっちまった息子と、稼ぎが良いだけの変態野郎に愛想が尽きて、世の中とおさらばした。ママはオヤジの“ヤバイものコレクション”の中のショットガンで頭をブチ抜いたんだけど、彼女ショットガンがそんなに威力があるなんて知らなかったらしくて、ベッドサイドに置いてあった遺書は脳味噌と血で全然読めなくなってたそうだ。だから彼女が何を言いたかったかは、真っ赤な闇の中ってわけ。
 ママ騒動のあと、しばらくしてオヤジにまた転勤命令が下り(日系会社は特にスキャンダルを好まないからな)、2人っきりの家族は日本の地を再び踏んだ。タカシとオヤジが2人でやっていけてるのは、ひとえに変態趣味のおかげだ。おれが知る由もないが、これも一種の愛かもな。
 おれ達は高校で出会った。おれ達の高校は、キコクシジョの吹き溜まり。世界中親にさんざん引っ張り回されたその挙げ句、やっと慣れた頃に連れ返されたガキ共の群。国際派という名目の下、日本に馴染まないことに対して鈍感でいられる。おれはアメリカ、変態レイヴァーのタカシはドイツ、一番ルックスがいいシンはメキシコ、プッシャーのサトルはフランスから連れてこられた。タカシはそういう特異なバックグラウンドのせいか、(おれは別に差別してないぜ、区別はしてるけど)どっか変だ。そいつは別に好ましい変さじゃない。はっきりどこがって言えるわけじゃないんだ。眼の色が気に喰わねえんだよ。半開きの切れ長の眼がひどく冷めた感じで、いつも見下してるみたいに光る。だから、タカシを気に入らねえって言う奴らは、結構いるみたいだ。話していて屈辱的な気分になるんだよ、ケンカ好きだから、わざとかな。不気味な奴だ。親父がオヤジだし。半開きって言えばシンの眼も半開きだ。
 シンはメキシコに6年いた。その前はテキサスに1年いたそうだが、まるで覚えちゃいないらしい。おれに言わせれば、意図的な無神経さが南部っぽい。シンの眼はデカすぎて全部開けてたら目玉が落っこちるんだろう。こいつは背こそそんなに高くはないが(タカシとおれに比べたら、頭半分くらい違うかも。サトルはシンより高くておれとタカシよりは低い)、睫毛なんかバサバサで、肌も白くて上唇なんかいい感じにちょっとめくれてたりする。かなりいけてるルックスなんで、なんかモデルになんないかとか、そんな話もあるみたいだ。そういうのがいかにも向いてそうな、ハヤリっぽい骨細の身体は何か節くれ立っていて、おれにはそれがひどくアンバランスに映る。オンナ受けは非常にいいんだが、おれは気色悪いと思ってる。タカシのオヤジなんかも、あからさまにシンを気に入っている。シンはオヤジを別に毛嫌いするわけでもない感じ、女たちと同じように適当にあしらってるみたいだけど。
 それから、サトル。サトルはおれたち4人の中じゃ一番ヒトアタリがいい。家庭環境の差かな。こいつは8年間、政府関係の仕事をしてる両親と3人、おパリでステキなヨーロピアンハイライフを過ごしてきたから、アホっぽい笑顔は大得意だ。ハイライフってそれだけの意味だけじゃなくて、get high ってこともだけど。クスリを覚えたおぼっちゃまは、金に物言わせて日本でもプッシャーやってるよ。そんでまたさらに making moneyだ。さすが円満家庭。こいつって、コアなとこで、他人を信用してるんじゃないかって思わせるようなスマイルするんだよ。プッシャーのくせにさ。ヤクでいっつも白目は濁ってるくせに。虫酸が走る、だろ? おれはクスリ関係以外、全然こいつと共通項がない。何の興味もないってこと。
 それに、おれ、おれは12年住みなれたアメリカから来た。おれの名前はシュウっていう。漢字で書くと修だ。おれはガキンチョの頃から、漢字で呼ばれてこなかった。それはいつも SHUUっていう猫の威嚇とかなだめるときに使う音とかに近い、変な名前だ。漢字にはみんな意味があるって言うけど、おれにとっては漢字の名前は意味がないもんだ。おれはシュウでそこにはおれのバックグラウンドがある。おれが住んでいたのは東よりの真ん中の方、田舎だよ。おれは理屈っぽい、つうか理論的だ。おれは合理的なものが好きで、分析できて回答のあるものが好きだ。だから訳の分かんないのは嫌いで、タカシとかシンとかサトルとは、訳分からないから別に、気が合うとかそういうんじゃない。ただ、ツルんでるだけだよ。
 おれ達の共通言語は日本語――話し言葉と4つの異種言語のスラング。綺麗に同語族の異言語に振り分けられてる。タカシはドイツの学校教育のおかげでかなり英語を話せるから、たまにおれと英語で話すし、おれはスペイン語がちょっと解るから、シンとスペイン語で会話することもあるが、たいていは日本語を使う。学校では、同じ言語を話す同士でツルむんだ。ちょっとしたミニチュア版世界だよ。色んなトライブがある。国によっては差別もある。蔑みや劣等感、複雑な感情がおれ達の回りを囲ってる。妙に政治的なヤツもいるし、いまだサンタ・モニカでサーフボード抱えてる気分のヤツもいる。みんな自分たちがかつて居た所みたいに、そこの人間達みたいに振るまうんだ。グローバルな視点なんて生まれやしねぇ。誰も日本に溶け込む必要なんかないんだから、この学校にいる限りは。でもその世界規模の茶番をやってんのがみんな若い日本人のヤローだってのが、笑えると思わない? ダセー奴ばっかだ。別におれたちだけがダサくないとは思ってねぇけど。おれたち4人ときたら、役立たずもいいとこだ。日本語以外の言葉を操れるってこと以外、何にもできないんだからな。でも、こいつは、この事実は、少なくともおれには、パーソナリティに関係してきている。いいふうにか悪いふうにかは分からないが、英語をメインに生きている(生きていた)ことは、おれの人格形成の中で(そんなもんあんのか? ってかんじだけど)結構デカいような気がする。つまり、こういうこと言っちゃうところとか、名前のこととかさ。理論的な思考とかが直結してるのは、間違いなくおれの場合、アルファベットだし。

 ガンジャやりながらおれは何となく感じはじめてた。興奮する。タカシのオヤジははっきり軽蔑してるが、おれ自身、刺激が欲しくて見始めてただけだったのか、よく分かんなくなってきた。 だってよ、人が泣き叫んでるとこって、超興奮するぜ。
 ガキのケツに黒人男のすげぇやつがめり込みはじめた。ガキは金切り声を上げる。
「ひぇ」
「フィスト・ファック見てるみてぇだ」
 血が滴り落ちる。
 男はガキのケツからペニスを抜いた。ケツまわりは血だらけ。クローズアップ・ショット。おぇ。
 オヤジが得意そうに、つっかえながら話し出す。
「おれの知ってるドドドドイツ人でな、ごご5歳の子のケツツにつつつ突っ込んだときなな、ちっち腸の皮がが破れて、な。おおごと、になったた奴ががが、いた、よ」
 おれはちょっと気持ち悪くなった。もちろん、可哀想な子供を思ってのことじゃない。
「血に弱ぇんだよ」
 だって男の子だからね。なんかさ、血をいっぱい見ると、キレそうになる。ナンカ、耐えないと、出てきそう。それがゲロなのか何なのかは分かんないけど。なんとなくだけど、ガキの頃からそう感じてきたような気がするから、おれは血に弱いんだと思う。画面から眼をそらし、そこらじゅうに散乱しているエロ本をめくる。もちろん、ここにあるのは――タカシの親父のプライヴェート・ルームにあるのは――全部キディ・ポルノだ。どのページにも、脅えた瞳あるいはぶっ飛んだ瞳の、綺麗なお子さま達がひどい格好をしている。生け贄のガキンチョだ。
続きは…… 『メイドインジャパン』