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一青窈さん特別インタヴュー

2009.06.04更新

『明日の言付け』刊行に寄せて 短期集中連載 (聞き手 南部真里)

第3回
「言葉とか文字のひとつひとつには「なんで?」がたくさんある」

--社会のできごとを詩に著すことと恋愛について書くことは一青さんにとって同じことなのでしょうか?
一青 どの問題も私にとっては一大事です。
--切実なものを書きたいということですか?
一青 なんともかんとも触らない言葉をひらひら言われても通り過ぎて行くだけです。電車の中にあるテレビを見ているのと同じで、ただ流していくというのが私はいやで、あなたはどう感じたの? と言いたいんです。
--あなたというのは?
一青 「あのひとがこう言っていたんだよ」と言われるよりも、「私はこう思っているんだよ」と言われた方が私にはグッとくる。ネットが出てきて、匿名でなにかが描けるとなったときに、「ここから引用してきたんだ」とわかる言葉が氾濫している。私が一青窈として人前でなにかを表現するのであれば、自分の責任で自分の言葉を話そうと思っています。同じ人間としてこういう風に感じていますと言った方が生きている感がある。それに私は「これは社会問題、これは恋愛のこと」と区切っているわけじゃないですし。偶然が引き寄せることなんですね。ヒキコモリという名前をつけなくても、友だちが「あれ? あなた全然家から出ないよね」って気づいたり、カンボジアにどうしてそんなに多くの地雷があるのか友だちの活動を通じて知ったり、気になると自然とつながるということはありますね。
--ところで『明日の言付け』は三章から成り立っていますが、どのパートに時間がかかったとかここが難しかったとか、何かありますか?
一青 特に難しいパートはなかったです。ただ、わかった風にして書いていくと似たような文章が出てくるってことに気づいたんですね。だからなるべく荒削りなままで残したいと思いました。
--一章は歳時記の体裁をとっていますが、これを書くことで、時間や季節の流れを意識するようになりましたか?
一青 意識するようになったと言うよりも、歳時記や辞書が私は好きなんですよ(笑)。
--言葉が膨大にあると安心する?
一青 まだこんなに知らない文字があるんだ!って。
--文字へのフェティシズムがある?
一青 子どもがお母さんに「なんで? なんで?」と尋ねるような感覚かな。言葉とか文字のひとつひとつには「なんで?」がたくさんあるんです。
--書くのはワープロですか?
一青 パソコンができた時代、大学のときからパソコンが必修になった時点で私には手書きがなくなりました。
--歌詞を書くのも、文章表現もすべてソフトウェアを経由して?
一青 思いついたときに書くのは手書きです。雑誌の切れ端なんかに手書きで書いて、パソコンの「つれづれ」フォルダに入れる。ヒップホップなんかで韻を踏んでいるリリックがあるじゃないですか? 「ING」とかを種別にしてストックする(と言ってパソコンを開く)。こうやって擬音や擬態語、格言、比喩……全部。
--アーカイヴですね。
一青 そうです。それで詩を書くときに天気に関する言葉がほしいと思ったら「天気」のフォルダを開いて天気にまつわる「霞立つ」とかそういう言葉を探す。歌詞で譜割が決まっている場合は音数に合う文字数の言葉を探すという、パズル的な作り方です。「ツアー・タイトルを決めて」と言われたら、「タイトル候補」のフォルダをつらつら見て決める。
--理数的ですね。
一青 理数的かもしれない(笑)。
--ずっとそういう創作法なんですか?
一青 パソコン以降ですね。
--一方で言葉や文字がもっている面白さは身体性と結びついていることもありますよね、このひとの筆跡で書かれる文字だからおもしろい、そういうタイプなのかなと思っていました。
一青 物体として古いものは好きなんですけど、自分が読む側と考えるとパソコンがいいかな。手書きで本を出すんだったらデザイン・ブックとかアート・ブックになってしまいますね。
--今回の詩にもアーカイヴから引用する形で書かれたものは?
一青 ありますよ、もちろん。
--それは対処法ですよね。
一青 自分の中にストックしているものはあるんですが、締切りがあると急がなきゃいけないからアーカイヴィングされていた方が効率いい(笑)。でもたまに神様のいたずらかもしれないけど、データは消えるんですよ(笑)。
--クラッシュするとかね。
一青 そうすると、やっぱり人間の身体に残っているものの方がよかったということありますよ(笑)。
--よい方に捉えますね。
一青 プラス思考なんです。
--私はPCがとんだら廃業しますけどね(笑)。パソコンとかそういうものに依存することはよくないとは思うんですよ。広辞苑や百科事典をひく行為とウィキ(ペディア)で目的の言葉にダイレクトに到達するのとはまったく違うわけで、私たちはメモリを外部依存しているというか、検索することと知ることの差異がなくなってきている気がします。
一青 調べるという行為を通して経験が残るんですよね。きっとそういうことを書きたかったんだと思います。知ったようなことを書くとどうでもいいものになってしまう。だけど、改めて考えてみると(アーカイヴ化することは)自分の世代的な行為だと思いました。サンプリングっぽいというか、サンプリングっぽいのだけど自分だけの言葉を探そうとしているというか。
--世代とか時代とかを意識しますか?
一青 なるべくそれに捕われないように、当たり前にように接したいと思います。擬音語/擬態語という枠組みがあって、ドアをノックする音が「コンコン」と定義されていたとしても、「あなたはどう聴こえるか?」「私にはこう聴こえる」ということを大切にしたい。

☆次回更新 6/11(水)予定☆

明日の言付け

日本文学

明日の言付け

一青 窈

一青窈、初の単行本は、詩(+歌詞)とエッセイで織りなす、一青窈コトバワールド。家族や愛しい人たちとの思い出、愛と恋、生と死……。伝えたい言葉のメッセージが詰まった珠玉の作品集。

  • 単行本 / 184頁
  • 2008.05.17発売
  • ISBN 978-4-309-01863-8

定価1,466円(本体1,333円)

×品切・重版未定

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