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一青窈さん 特別インタヴュー

2009.06.19更新

『明日の言付け』刊行に寄せて 短期集中連載 (聞き手 南部真里)

第4回
「伝えることを諦めないでほしい」

――また本を出したいと思いますか?
一青 思います。書くことはおもしろい。僕と私と私たちとあなたたちを行き来するというか、書いているとトリップできるんですよね(笑)。
――読者にはなにを感じてほしいですか?
一青 伝えることを諦めないでということですね。その感覚がずっとあって、これまでも言えなくて後悔したことを歌で伝えたいという気持ちはありました。伝えても伝えても伝えすぎることはない。「愛している」という言葉が恥ずかしいなら違う言葉で伝えればいい。いろんな小説や映画もぎりぎりまで要約すると言いたいことは「ラヴ&ピース」だったりするじゃないですか。それをさまざまな形で表現する。なぜならそれらは人間が一番忘れやすいことだからかもしれない。
――過去のこととかご両親のことを書かれていますけど、読後感がいいですよね。前向きに生きようと背中を押す感じが随所に見られます。
一青 旅に行くと悩んでいることがどうでもよくなるじゃないですか。あの感じで狭いところに落ち込んでいると人間は苦しくなってしまうから、なにかが切り開けるきっかけになれば。悩んで、それでも前に進むんだというときに後押しできたらいいなと思います。
――「個人的な言葉が普遍的なことにつながる」とおっしゃっいましたが、それは最初から目指していたことですか?
一青 デビューから5年経ってわかったことです。『BESTYO』を出してはじめてわかったというか。
――なぜそのタイミングで?
一青 「ベスト盤なんてことさら売れないでしょう」と思っていたらそれが思った以上にみなさんに買ってもらえた。自分が逃れようしていた「一青窈」というものを好きだというひとがいてくれるなら、逃たりしないで、みんながほしいと思うようなことはちゃんと歌っていこうと自分自身を受け入れることができるようになった。自分がどう感じているのかしっかり書いた「ハナミズキ」のような歌が受け入れられたというのが……個人的なことを書いた方が、たとえ作業としてはつらくても伝わるんだなと思いました。
――ベスト盤はひとつのターニング・ポイントだった。
一青 そうですね。こんな多面的な私もいると広げてはみたけど本当はひとつだったみたいな(笑)。
――「日記でもウソをつくようになった」という一文がありますが、この本にはそういう部分は……
一青 それはありますよ。さらけ出したいと言いつつも、そのパーセンテージが薄まっているだけで、やっぱりかっこつけたいと思って書いているところもあるし、バランス取る気持ちが働いているところもある。
――頭から最後まで順繰りに読まなくても、気づいたときにページをめくるような日々の生活といっしょにあるような本になったと思います。
一青 一気には読めない(笑)。
――もちろん読んでしまうとは思いますけど、一気に読むのがもったいない本こそいい本だと思うんです。
一青 ありがとうございます。そういえば、この前ブータンに行ってきたんですよ。7歳ぐらいから僧侶になっている子どもたちは毎日お経を読んでいるんですよ。そのお経をちょっと見せてもらったんですけど、そのなかには自分にある程度のものが備わらないと読めないものがあるらしく、70歳になっても80歳になってもまだわからない到達地点があるというのを知って、私なんかが書いていることはここに書かれていることの箸にも棒にも掛からないじゃないかと思いました。
――台湾語でもブータンの言葉でもいいんですが、日本語だけではなく、外国語を含めた大きな言語の渦のなかで自分は言葉を書いているという実感はありますか?
一青 生きている言葉には後世に残したいなにかがあって、それが大切に保存されて何百年も残っている。「いいこと」っていうのは変わらないんだと思うんですよ、アメリカン・インディアンの言葉みたいに。私なんかは美術館で仏陀美術の作品をみるとき、観賞する態度になってしまうんです。だけど宗教をもっているひとたちは、拝んだときの精神状態にご利益があると感じていると思う。そこでは人間がもともともっている優しい精神が損なわれていない。私は「拝む」という感じが日本人として大事なポイントだと思う。いわば、「ありがとう精神」というか、拝むという行為にある人間の精神というか。
――宗教とは無関係に、なにかに向き合う切実さとして。
一青 子どもが熱を出したらさすってあげるとか。そんなことで熱は下がらないかもしれないけど。
――科学的な根拠はそこでは必要ないですよね。
一青 科学的に根拠づけられないなにかを言葉に著してみました。目に見えないことや言い表しづらいことを。
(了)

☆おしまい☆

明日の言付け

日本文学

明日の言付け

一青 窈

一青窈、初の単行本は、詩(+歌詞)とエッセイで織りなす、一青窈コトバワールド。家族や愛しい人たちとの思い出、愛と恋、生と死……。伝えたい言葉のメッセージが詰まった珠玉の作品集。

  • 単行本 / 184頁
  • 2008.05.17発売
  • ISBN 978-4-309-01863-8

定価1,466円(本体1,333円)

×品切・重版未定

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