河出書房新社｜立読み

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詩人の愛

正津勉

鑑賞日本の恋愛詩
日本百年の詩業。詩作の陰に日なたに様々な愛があった。
五○人の恋愛詩から、その恋人と愛の中身を訪ねる。

目次より
過ぎにし春は夢なれど　北村透谷「双蝶のわかれ」
わたしは其れを感じる　与謝野晶子「帰途」
そんなにもあなたはレモンを待っていゐた　高村光太郎「レモン哀歌」
罪ノヤミヂニフミマヨフ　北原白秋「野晒」
そろそろ男との大詰めが近づいて来た　林芙美子「生胆取り」
我が愛人が粉をふいて　耕冶人「粉ふく愛人」
無限のまへに腕を振る　中原中也「盲目の秋」
だが　たった一度も　言ひはしなかつた　立原道造「爽やかな五月に」
カず血闇ん　北村太郎「冬を追う雨」
地もやぶれよと踊り狂ふ二神　深尾須磨子「呪詛」
あなたの亭主の夢はもう六ぺんも見た　佐藤春夫「或る人に」
恋愛が手術であらうとは　金子光晴「悲歌」
なんにもなかつた畳のうへに　山之口獏「畳」
あゝ私はあまりにも荒知にそだちあました　永瀬清子「だまして下さい言葉やさしく」
いつまでも不幸のままで　鮎川信夫「幸福論」
彼はまだ頑なに呆然と待ち望んでゐる　原民喜「記憶」
男は　舞へぬなり　あはれ　淵上毛銭「てふてふさん」

他、五○人の詩を収録

　男は　舞へぬなり　あはれ　／　淵上毛銭「てふてふさん」

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ふゆ日　晴れて
蝶が　てふてふが

をとこは孤高なるを愛したり

蝶は　彩うつくしく
とほくもたかく

舞ひまふを愛したり

男は　舞へぬなり　あはれ

舞ひを愛すも

ひとりを愛すも

そは生くるがことなり

さあれ

蝶とぶ空は碧くとも

男泣く　まなこ　あをくとも

愛の哲理は泉の如く湧かぬもの

ほろび行くものは

つねに独り　人の世を愛すとは言へ　つねにひとり

蝶蝶のいのち　男のいのち

ふゆ日　晴れて

蝶は去れり

男は黙して歯並をなめかぞへたり

＊ぼくが／死んでからでも／十二時がきたら　十二／鳴るのかい／苦労するなあ／まあいいや／しつかり鳴つて／おくれ
（「柱時計」）

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なんとも暢気なことを書いている。だがこれを書いたのは病人なのである。しかも苦痛にしばし呻くような。

　大正四年、熊本県水俣市の旧家に生まれる。地元の学校から青山学院中等部へ転じるも奇行多くして自然退学。この頃に山之口貘を知り生涯の友となる。昭和十年、二十歳の年に徴兵検査の際、結核性カリエスの発病が認められ、以後自宅にあって闘病生活を余儀なくされる。カリエスは痛い。疼痛が始まると、そっと寝台の側を通る足音さえも、患部に鋭くひびく。

　地獄の苦悶。自殺を思う毎日。彼をしてよく支えたものは何なのだろう。まずもって詩を書くことである。十四年、「九州文学」同人となり詩作開始。その詩には敬愛する山之口貘の影響が見られ、寝たきりで動けないわが身をからめ、おかしくも哀切な独特の世界を表現している。たとえばもう一篇おみせしよう。

つり針をとられてしまつた／それでもさつきからかうして／糸だけ垂れてゐるのは／だまつてゐてくれ／かうやつて居たいんだから
（「釣詩鉤」）

　こんな詩である。それにいまひとつ生きんとする力のもととなったこと。ここに一人の白衣の天使がいる。田中房枝。発病以来いかなるときも病人の忠実な手足になってきた看護婦。病床にあるものが献身するものに恋心をおぼえる。よくあることである。あるいは身体の結びつきに進む場合もある。だけどこの病人は仰臥不動の重患なのである。しかしそれが身近にあること十年におよぼう、いつか二人は男女の関係になり、房枝は妊娠する。

　ところがこのときその事態は周囲の容認するところではない。いわゆる旧家の体面というやつ。房枝は病人から引き離され、腹の児は闇に葬られる。寝台に仰向けにじっと貼りついたまま、毛銭は歯噛みするも動くにうごけない。

　だがなんという生きんとする力であるだろう。十八年、詩集『誕生』を刊行。翌年、親戚の反対を押し切って看護に付いた別の女性と結婚。じつになんとも二児をもうけている。

　二十五年、毛銭は激痛の生涯を終えた。享年三十五。故人の遺志で墓標に「生きた、臥た、書いた」「病床詩雷淵上毛銭之墓」と誌す。
（『誕生』昭18）

続きは…… 『詩人の愛』

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