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 これは夢ではない。ふと気が付くと、私は「若く」、「美しく」、「有名」になっていた。
しかも「痩せ」ていた。生活の心配も締切りの心配もなく、百人の「いい男」が私に求婚していた。
その上現実感のかけらもない豪勢な部屋に私は住んでいた。フローリング三十畳のワンルーム
だった。その三方は壁。残る一面の鬼門側だけに開いた、ベランダのない窓から外が見えた。美しい 都心の夜景だった。派手なカメラ店や二十四時間営業のブランド店が、はるか下方にちりばめられて
いる高層ビルの群れ、暗いのは青山墓地と「 さるところ」、ということになっている例の「さるとこ ろ」だけ。そこ以外は全て光の帯の流れだった。車のライトが続き、――。
それにしてもなんと いう似合わない部屋なのだろう、無論、私にである。
 まるで無菌の倉庫のように清潔で新しい
ひろびろした部屋、壁紙も床材もシンプルで上等だ。ぴかぴかの床に真っ白な革製のソファとベッド 、パソコンデスク、セットになった椅子。家具はそれだけ。ウォークインクロゼットは六畳分。但しその少ない家具はどれもこれもが「凝りに凝った」印象である。それ故スペースが広くとも印象の「濃すぎる」部屋になってしまっている。まず、壁のリトグラフは外国の有名な、「アート」とやら。
しかしそれは何か一昔前の日本の少女マンガを下手くそにし、男好みに仕立て、デッサンを狂わせ、 エッチにしてあるような絵柄である。
（「はははーん、来たなー」と読者の方々は思うだろうか
。「へへへーん、そうですともー」八百木千本が答えるような事は別にないが。――笙野注） 。
断言しておく、この部屋のインテリアを決めたのは私ではない。
デスクにのっているパソコンも自分の所有ではない。それは今はこの国の最高権力者である、「嫌味は言うが心のきれいな、ここの世話人」が選んでくれたものだ。当然「凝りに凝った」デザインである。ディスプレイ、キーボード、本体までもスケルトンになっているタイプ。確か八〇年代に発売した珍しい機種。というか、正確にはそのデザインの外側だけを使用し、部品をそっくり最新のものに取り替えたという、一点物である。
スケルトンの一部にはマジックのようなもので、不自然に足を曲げた小さい女の子が、
不自然に泣きべそをかいているマンガが描いてある。その女の子は一見ルーズソックスのようなものを履いているが、体のバランスはどう見ても幼女である。どこか便所の落書きのような陰惨さと稚拙
さを湛えながら。それも、「アート」なのだ、そうだ。
一方、――。
 そのように困難な外見であるとはいえ、このパソコンの機能自体は、実に重宝で優秀なものだ。
メールと検索くらいしか使えない私にはよく判らないが、スイッチを入れただけで瞬時に滑らかに楽々と使えるようになるレベルなのだ。家にあるパソコンとそこが違う。また家のにはアンチウィルス対策のちゃんとしたソフトを使用、更新してはいても、時々異様な新型ウィルスが侵入しそうになるし、時には名前を特定し対策を決定するまでの間、画面の色まで薄くなり、「ファイルの拡大」という手続きも必要になって、延々とマウスさえ使えなくなるような厄介な事態もあった。表示がウィルスの名を出すだけで確か三十分以上。対処し終えるまでに二時間はかかった。
ところがここのは何かもっと便利 な仕様になっているらしい。一度、自宅で悩まされた最悪のウィルス( MICRO なんとかという名前だった)に感染しているサイト(ネット用語ではブラクラというらしい)を嫌がらせでわざと開いてやった
ら、一発で特定し数秒で撃退してしまったのだ。それにしても、――。
機械に嫌がらせをするというのもおかしな話だよね、とお思いであろうが、実はこのパソコンには、私を監視するためのモニ
ターカメラまでついていたりして、その他になかなか感じわるい事の発生源にもなっているのだった 。それ故総額ン百万と聞かされても、感謝する気にはとてもなれない。つい酷使する。で、――。
さて、――。
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