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北原みのりさんによる特別エッセイ 「『さよなら、韓流』を書きました」

「韓流」にはまり、「韓流は日本の女が手にしたエロである!」と喝采したせいで、日本の男たちに叩かれまくった著者が書く、韓流と日本の女と男をめぐる全記録!

なぜ私たちはこれほどまでに韓流を必要としたのか、著者自身の体験に重ねて語ります。 

いまこの国では、新大久保などでの人種差別デモやヘイトスピーチ問題が激しさを増す一方で、定着した韓流人気のもと、韓国スターのツアー動員記録は更新され続けています。この、あまりにもちぐはぐな「韓国観」の底にあるものも見えてきます。

読者から共感の声多数、朝日新聞「論壇時評」などでも大絶賛を浴びた、韓流と日本女性を軸にこの国を考える一冊です。(編集担当より)


◎『さよなら、韓流』北原みのり ●1365円

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309021607/

ヨンさま降臨からはや10年。あの日から、日本の女の欲望の形は大きく変わった。自身も韓流に「どはまり」し、韓流で叩かれまくった北原みのりがそれでも書く。私たちはなぜこんなにも〈彼ら〉を愛してしまったのか? これは、韓流で人生が変わったひとりの女のドキュメント。そして、女たちの欲望史! 信田さよ子(カウンセラー)、澁谷知美(社会学者)、牧野江里(女性向けAVプロデューサー)他、8人の女たちとの〈韓流対談〉も収録。


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北原みのりさんによる特別エッセイ

「『さよなら、韓流』を書きました」

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『さよなら、韓流』。時節がら、「もう韓流いらないよ、それより竹島返せよ」とか言いたがるネトウヨさんの本のようなタイトルですが、もちろん、違います。

そもそも、2年前に本の企画は通りました。その時のタイトルは「韓流はエロである」。堂々と、明るく、端的に韓流観を宣言した「韓流はエロである」を、私はノリノリで書きはじめました。

正直にいえば、『冬ソナ』からはじまった韓流を、私は長い間ばかにしてました。だって、ださいから。韓流スターは全員GACKTに見えたし、『冬のソナタ』へのはまり方は全く分かりませんでした。だというのに! 気がつけば私の周りの女たちが(しかも、読んでる本や好きな映画の趣味があう女友だちが!)、感染するかのようにバタバタと韓流に落ちていっていったのでした。へぇ......そんなにいいものなの? 半信半疑で東方神起を見た時の衝撃を、私は生涯忘れないでしょう。ああ、これは、やばい!!!!!  その時私は30代後半だったけど、 "アイドル"を見て、股間が熱くなる体験なんて初めてでした。


もしかしたら、私が全くひっかからなかったヨン様も、エロいのではないか? 『冬ソナ』ブームの頃、マスコミは「おばさんたちが、韓国ドラマに昭和の雰囲気を感じている」「だからヨン様は人気」という評価の仕方をしていたけれど、実際にはどうだったのか? そんな単純な疑問から、私の韓流取材は始まりました。すると、出てくる出てくる。「冬のソナタって、だいたい冬だからヨン様は脱がないのよ。でも、一度だけヨン様が着替えるシーンがあってね!!!!!」とヨン様ファンの会に参加した時の、女たちの熱狂は確かに下半身からくるものでした(断言します)。新大久保に行けば、「イケメンいないかしら?」とうろうろする女たちにたくさん出会いました。新大久保のカフェに入れば、女たちが店員を物色していました。いったい、日本の女に何が起きている!? こんな風に、女たちが欲望を剥き出しにし、男の肉体を評価するようなことが、街単位でおおっぴらに行われているなんて! これは社会変革じゃないか! フェミニズムが成し遂げられなかったものを、韓流が突き動かしているのではないか! そんな仮説すら立てられると思ったのです。


もちろん韓流女(韓流にはまる女をこう呼びます)は、一枚岩ではありません。そして韓国と日本は、"複雑"であり続けています。

韓国男子へのエロ視線は、日本の男による"キーセン観光"のソレと何が違うのか? 違う国の男を思う存分消費することに、「侵略」の視線はないか? そんな批判もありました。日本のテレビドラマが韓国ドラマを放映しすぎている。竹島領有権問題をどう考えるんだ!? という意見もありました。たかが「女の欲望」「たかがアイドル」。それなのに、「韓流」にはまることには、どこかきなくささと、後ろめたさと、罪悪感がつきまとうのでした。右からも、左からも、石が飛んでくる。それはやっぱり、エロだから、そして女が夢中になっているものが韓国の男だから、なのでしょう。

「韓流はエロである!」と意気揚々と書き始めた本だけれど、次第に私の書くペースも落ちていきました。というか、書けなくなりました。韓流好きを表明するだけで、叩かれる社会って何なの? と怖くなったのです。次第に本のトーンも変わってしまいました。言葉を発することに何故こんなにも力を必要とするのか、ドキドキしてきました。


「もう、ひとりで書くのは限界があります......」

そんな甘えたことを言って、編集者の松尾亜紀子さんに韓流女と対談したい、とお願いしたのは、去年の夏です。「韓流はエロである」から一転、本は急展開していきました。領有権問題もさらに過熱していき、韓流へのバッシングは深まっていきました。その中で私は、会いたかった韓流女にほぼ全員会えました。(「最近は恋してません。韓流見てます」とテレビで話していたキョンキョンの一言を頼りにキョンキョンにもお願いしましたが、無理でした......)

対談をしながら、私ははっきりと気がついたのでした。韓流について話すこととは、この国の今と女の欲望を見つめることだ、って。そしてやはり、韓流にはまりながら女たちはどこかで感じていることを実感しました。「この国、やばい」って。その不満の正体は何だろう。これから私たちは、どういう社会を生きていくんだろう。そんなことを韓流女と語り合いました。

ちなみに、上野千鶴子さんは全く韓流に興味がない、とおっしゃったのに、出て下さいました。なぜ上野さんにお会いしたかったというと、韓流ブームはフェミニズムだ! という仮説について、上野さんのご意見を伺いたかったのです。案の定、私たちの話は全くかみ合っていません。それでも、かみ合わないながらも、全く意見が違いながらも、こんな風に韓流について語れるのだ、ということも私には新しい発見になりました。


この本は、「韓流」にはまり、「韓流」で叩かれ、時代の中の「韓流」を見つめながら、渦中にいた韓流女たちの物語です。「さよなら、韓流」のタイトルには、色んな思いが込められています。思いが強すぎて、なんだか自分をさらけ出しすぎているような気恥ずかしさがいっぱいの本です。もう、かっこつける余裕すらない。韓流で剥き出しです。そんな本になりました。読んでほしい、でもあまり読んでほしくない、恥ずかしい......そんな逡巡をしながら今、います。で、やっぱり......読んでほしいです。よろしくお願いします。


◎『さよなら、韓流』北原みのり ●1365円

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309021607/


【著者プロフィール】

北原みのり(きたはら・みのり)

1970年生まれ。コラムニスト、女性向けセックストーイショップ「ラブピースクラブ」代表。著書に『はちみつバイブレーション』『アンアンのセックスできれいになれた?』『毒婦。木嶋佳苗100日裁判傍聴記』など。



(初出:『かわくらメルマガ』vol.3 2013/3/6 2通中の1通め)