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2013年6月の記事一覧

「韓流」にはまり、「韓流は日本の女が手にしたエロである!」と喝采したせいで、日本の男たちに叩かれまくった著者が書く、韓流と日本の女と男をめぐる全記録!

なぜ私たちはこれほどまでに韓流を必要としたのか、著者自身の体験に重ねて語ります。 

いまこの国では、新大久保などでの人種差別デモやヘイトスピーチ問題が激しさを増す一方で、定着した韓流人気のもと、韓国スターのツアー動員記録は更新され続けています。この、あまりにもちぐはぐな「韓国観」の底にあるものも見えてきます。

読者から共感の声多数、朝日新聞「論壇時評」などでも大絶賛を浴びた、韓流と日本女性を軸にこの国を考える一冊です。(編集担当より)


◎『さよなら、韓流』北原みのり ●1365円

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309021607/

ヨンさま降臨からはや10年。あの日から、日本の女の欲望の形は大きく変わった。自身も韓流に「どはまり」し、韓流で叩かれまくった北原みのりがそれでも書く。私たちはなぜこんなにも〈彼ら〉を愛してしまったのか? これは、韓流で人生が変わったひとりの女のドキュメント。そして、女たちの欲望史! 信田さよ子(カウンセラー)、澁谷知美(社会学者)、牧野江里(女性向けAVプロデューサー)他、8人の女たちとの〈韓流対談〉も収録。


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北原みのりさんによる特別エッセイ

「『さよなら、韓流』を書きました」

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『さよなら、韓流』。時節がら、「もう韓流いらないよ、それより竹島返せよ」とか言いたがるネトウヨさんの本のようなタイトルですが、もちろん、違います。

そもそも、2年前に本の企画は通りました。その時のタイトルは「韓流はエロである」。堂々と、明るく、端的に韓流観を宣言した「韓流はエロである」を、私はノリノリで書きはじめました。

正直にいえば、『冬ソナ』からはじまった韓流を、私は長い間ばかにしてました。だって、ださいから。韓流スターは全員GACKTに見えたし、『冬のソナタ』へのはまり方は全く分かりませんでした。だというのに! 気がつけば私の周りの女たちが(しかも、読んでる本や好きな映画の趣味があう女友だちが!)、感染するかのようにバタバタと韓流に落ちていっていったのでした。へぇ......そんなにいいものなの? 半信半疑で東方神起を見た時の衝撃を、私は生涯忘れないでしょう。ああ、これは、やばい!!!!!  その時私は30代後半だったけど、 "アイドル"を見て、股間が熱くなる体験なんて初めてでした。


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松尾たいこさんのカバー画とともにみなさまに御支持いただいた〈奇想コレク
ション〉シリーズは、刊行開始が2003年ですので、今年でちょうど10年にな
ります。
このたび配本されたロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』は20冊目となり、ひ
とまず区切りよいので帯などには「最終配本」とうたいました。機会があれ
ば、しれっと「第21回配本」も出したいな、などとぼんやり考えておりま
す。


『たんぽぽ娘』の企画の発端は、〈奇想コレクション〉の刊行準備段階、
2002年までさかのぼります。
当時、SFマガジンをぱらぱらめくっていましたら、伊藤典夫さんの「ロバー
ト・F・ヤングのことなど」(2002年5月号)というエッセイが目にとまり
ました。
そこには、某社から「たんぽぽ娘」を中心にヤングの短編集を新しく編んでみ
ないかという企画が持ちまれたので準備を進めていたが立ち消えになってしま
った、とありました。
その短編集、ぜひ読みたい!とすぐに伊藤さんに御電話を差し上げて、企画を
小社が引き継ぐことになりました。
伊藤さんは入手しうるかぎりのヤングの未読の短編を読みあさり、収録作品が
確定したのはそれからおよそ2年後のことでしょうか。
正式に版権も取得して、2004年刊行の〈奇想コレクション〉第5弾『願い
星、叶い星』の巻末広告で、初めて『たんぽぽ娘』の刊行告知を行ないまし
た。
以来9年、ここ数年は読者のみなさまに「今年こそ出ます!」と申し上げつづ
けたこともあり、出る出る詐欺だ!という御叱責もしばしば頂きましたが、よ
うやくお届けすることが叶いました。
長らくお待ちくださった末にお買い求めくださったみなさまへは、お詫びとと
もに心より感謝いたします。


さて、その本書の表題作「たんぽぽ娘」ですが、(〈奇想コレクション〉で刊
行が告知されながらなかなか出なかったというだけではなく)長い間、幻の名
作とされてきました。
過去にも何度かアンソロジー等に収録されながらも、いずれも長きにわたり入
手困難、「たんぽぽ娘」収録の本はすべて古書価も高騰しています。
著者のロバート・F・ヤングは、晩年に長編もいくつか発表していますが基本
的には短編作家で、30年あまりの作家活動のあいだに200編近い短編を遺し
ました。日本ではこれまで『ジョナサンと宇宙クジラ』『ピーナツバター作
戦』という2冊の短編集が日本オリジナル編集で出ています。
ところが、ヤング作品で(少なくとも日本では)もっとも有名な「たんぽぽ
娘」は、この2冊には収録されていません。
なぜこのように「幻の」作品になってしまったのか?


ちょっと面倒な話になりますが、海外小説を翻訳出版するにあたり、「10年
留保」なるものがあります。
大雑把にいえば、「1970年以前に海外で刊行された作品で、原著刊行後10年
以内に日本で正式契約にもとづく翻訳が刊行されなければ、翻訳版権を取得し
なくても自由に翻訳出版できる」という規定です。
これは戦後日本の翻訳出版史で大きな役割を果たしました。
(上記の規定は現在でも有効なため、いまでもその恩恵は大いにあります)
一般に翻訳出版は、海外の著者と日本の翻訳者との双方に印税を払わなければ
ならないために、出版社としてはコストが高くつく。だけどこの10年留保を
満たせば、翻訳者に対してだけしか印税を支払わなくてよい。つまり経費を抑
えて出版ができるわけです。

では「たんぽぽ娘」はというと、この作品はアメリカで1961年に発表された
ので、71年まで日本で翻訳されなければ、10年留保により翻訳権なしに出版
が可能となったところです。
ところが1967年、ジュディス・メリル編『年刊SF傑作選2』(当時の創元推
理文
庫。現在ならば「創元SF文庫」枠でしょうね)の収録作の1編として、翻訳
出版されてしまいます。
このため翻訳権を取得しない限りは合法的な出版は不可となってしまいまし
た。
(ブログで「たんぽぽ娘」を翻訳して掲載されているみなさ~ん、違法です
よ~)

いっぽうヤングの短編は、デビューした1950年代前半から作家としてもっと
も脂ののっていた60年代にかけての作品の大半が、10年留保により翻訳権な
しで出版が可能です。
日本でヤング短編集を出す場合、粒ぞろいの作品が無版権で合法的に出版でき
るのですから、「たんぽぽ娘」1作を収録するために1冊まるごとの翻訳権を
取得するという選択肢は、見送らざるを得なかったはずです。(10年留保は
先進国中ほぼ日本だけに認められた特例でして、海外の著者・出版社・エージ
ェントに「あなたの作品集を出したいけれど、そのうちの1作分しか翻訳権を
取得しませんからどうぞよろしく」という理屈は、ふつう受け入れてもらえま
せん)

また、いろんな著者の作品を集めて1冊にまとめたアンソロジーを日本で編も
うとする場合、翻訳作品を収録するにあたっては、できれば10年留保で済ま
せたいのが出版社の人情というもの。
でも「この作品は版権取得が必要だけれどやはり収録したいなあ」という場合
も無論あり、予算が許せば版権を取得して収録!とあいなります。
『年刊SF傑作選2』が刊行されてから、「たんぽぽ娘」はアンソロジーに収
録されること2回(風見潤編『たんぽぽ娘 ロマンチックSF傑作選2』、文
藝春秋編『奇妙なはなし アンソロジー人間の情景6』)、雑誌掲載が1回
(SFマガジン2000年2月号)ありましたが、雑誌はもちろん、企画もののア
ンソロジーは意外と簡単に市場から消えて絶版になってしまうものです。


このような次第で長いあいだ「幻の名作」の立場に甘んじていた「たんぽぽ
娘」は、今年の5~6月に、〈奇想コレクション〉版のほか、復刊ドットコム
版『たんぽぽ娘』、『栞子さんの本棚 ビブリア古書堂セレクトブック』(角
川文庫)と立て続けに出版され、複数の本で読めるようになりました。これは
ちょっとした出版界の珍事ではないかしら。(経緯はまったく違いますが、
『星の王子さま』が雨後のタケノコのように出版されたことがかつてありまし
たけれどね)

今年ドラマ化もされた三上延さんの大人気シリーズ『ビブリア古書堂の事件手
帖』で「たんぽぽ娘」が取り上げられたことも大きな要因ですが、偶然も重な
った結果です。
ようやく幻ではなくなった「たんぽぽ娘」。やはり何かをもっている作品なの
でしょうか。

念のために申し添えれば、復刊ドットコム版は、「たんぽぽ娘」1作に牧野鈴
子さんの挿絵をつけた絵本で、〈奇想コレクション〉版と同一の伊藤典夫訳。
『栞子さんの本棚』は、いろんな作家の作品を収録したアンソロジーで、「た
んぽぽ娘」は『年刊SF傑作選2』収録の井上一夫訳を採用しています。


ところで、ではメリルが『年刊SF傑作選』に「たんぽぽ娘」を収録しなかっ
たならば、「たんぽぽ娘」は本国発表後10年間くらいは平気で翻訳されず、
その後すみやかにヤング短編集に収録されて幻の作品にはならなかったのか?
1962年にアメリカで出た『年刊SF傑作選』の原書で、伊藤典夫さんは初めて
ヤングの "The Dandelion Girl" を読みました。〈以来ヤングという作家が大
好きになり、手もとの雑誌の中から彼の作品を熱心に拾い読みしはじめた〉
(伊藤典夫編訳『ジョナサンと宇宙クジラ』訳者あとがき)。

伊藤さんは、「たんぽぽ娘」と題してこの作品を翻訳してSF同人誌「宇宙
塵」に持ち込み、同誌1964年3月号に掲載されました。これがヤングの日本
初紹介となります。
(この翻訳はいわば"海賊版"で、10年留保の条項にかかわる正式契約による
翻訳ではありません)
そして「ジャングル・ドクター」の翻訳でSFマガジンにヤングを初紹介した
のが1966年8月号。その後も10年ほどにわたって同誌にヤングの短編をこつ
こつと翻訳紹介しつづけ、77年にそれらを1冊にまとめたのが日本で最初の
ヤング短編集『ジョナサンと宇宙クジラ』(ハヤカワ文庫SF)です。(当初
はこのタイトル、「ジョナサンと宇宙くじら」だったんですが、ここでは「ク
ジラ」で統一)

『ジョナサンと宇宙クジラ』はいまでこそ品切れですが、長いあいだ版を重
ね、2006年には新装版も出ています。(このメルマガを見ている早川書房の
方、いらっしゃいますか~? ぜひ重版してください!)

日本でヤングの印象を決定づけたのは、「たんぽぽ娘」とともに、まず間違い
なくこの伊藤典夫編訳『ジョナサン~』ですが、その作品セレクトはじつに見
事で、ある意味巧妙でして、どうもアメリカ本国で編まれた傑作選とは、やや
方向性が異なるようです。
訳者あとがきで伊藤さんは〈ぼく自身の好みで一冊にまとめた〉とおっしゃっ
ています。

1960年代にアメリカで出た2冊のヤング短編集を『ジョナサン~』刊行前に
伊藤さんが読んでみたところ、第1短編集は〈「たんぽぽ娘」がフィーチャー
されているのはいいが、あとはシェクリイ風、ポール風などなど当時流行の社
会風刺や心理学的な傾向がバラエティ豊かに集められていて、そのすべてが凡
庸な印象なのだ。二冊目の短篇集も、宇宙小説や冒険SFへ比重がかかってき
たが、ぼくの心を動かすほどではなく、その点でも日本独自の編集で本を出さ
ない手はなかった〉(「ロバート・F・ヤングのことなど」)。
ボーイ・ミーツ・ガールもののようなロマンスものこそ、もっともヤングとい
う作家の資質が生きていると感じていた伊藤さんは、本国アメリカにおいて
も、ヤングに早くから理解を示していたフランスにおいても、ヤングのロマン
スものが日本ほどには評価されてこなかったことへの違和感を、『たんぽぽ
娘』編者あとがきで語っています。
ヤング(と「たんぽぽ娘」)は、どうやら日本でとりわけ愛されているようで
す。たとえばグーグルで「Robert F. Young」と英語で検索しても日本語サ
イトがずらずらヒットすることはその左証でないかと。

昔から日本では『夏への扉』が長編SFオールタイムベストの常連で、「たん
ぽぽ娘」が短編SFオールタイムベストの常連ですが、これは海外では見られ
ない現象だそうです。このような甘い物語はもともと日本人読者の好みにあっ
ているみたいですが、日本におけるヤングの人気は思いのほか伊藤典夫さんの
セレクトによる紹介の巧みさとその甘い魅力を再現した訳文の力とに負ってい
るといってよいと感じます。
メリルが『年刊SF傑作選』に「たんぽぽ娘」を収録しなかったならば、この
作品は「幻」にはならなかったかもしれませんが、若き日の伊藤さんが同作を
読むこともなく、日本でのヤング作品の受容もかなり異なったものになってい
たはずです。


なお前述のように伊藤さんは日本で初めて「たんぽぽ娘」を同人誌で翻訳紹介
したものの、その3年後に『年刊SF傑作選2』の井上一夫訳が正式に世に出
てしまったために、『ジョナサンと宇宙クジラ』では〈版権の関係もあって、
改訳してここに収められ〉(訳者あとがき)ませんでした。
伊藤典夫訳が正式に世に出たのは、1980年、『たんぽぽ娘 ロマンチックSF
傑作選2』収録の1編としてが最初です(『ビブリア』の作中で話題となるの
も、このバージョンです)。
〈奇想コレクション〉版収録にあたっては、伊藤さんが訳文を全面的に見直し
されたため(とはいえ大掛かりなものではありません)、「改訳決定版」とう
たわせていただきました。


ついでに申し上げれば、万一、ヤングって「たんぽぽ娘」の一発屋だよね
(「冷たい方程式」のトム・ゴドウィンみたいな)、と思っている方がいた
ら、それは誤解です。
2011年にアメリカで(紙の本としてはじつに43年ぶりに!)ヤングの短編集
「ザ・ベスト・オブ・ロバート・F・ヤング Vol.1」が出たのですが(全2巻
の予定)、その序文でジョン・ペランは、ヤングがもっとも活躍した時期はま
だSFファンのあいだで「サイエンス・ファンタジー」がきちんと受け入れら
れていなかった頃で、ヒューゴー賞受賞作や候補作はほぼ例外なくハードSF
だった時代である、活躍時期があと20年遅かったならば、ヤングは毎年のよ
うにヒューゴー賞候補となり年刊ベストの常連作家となっていただろう、と述
べています。
没後はじめて出たヤングの傑作選(電子書籍のみ)、Memories of the Future
(2001) の序文でバリー・N・マルツバーグは、ヤング作品といえば巨
大女もの、と書いており、いずれにしても、ペランもマルツバーグも「たんぽ
ぽ娘」についてはひとことも触れていません。
ちなみに英語版 Wikipedia では、「もっとも有名なヤングの短編はおそらく
「たんぽぽ娘」(アニメシリーズ『ラーゼフォン』の監督に影響をあたえた)
と「リトル・ドッグ・ゴーン」(1965年にヒューゴー賞短編小説部門にノミ
ネートされた)であろう」とあります(だれが書いたんだ、これ)。


今回の〈奇想コレクション〉版『たんぽぽ娘』の特色のひとつは、伊藤さんが
10年留保の規定にかなうか否かにかかわらず、ヤングの全作品から自由にセ
レクトした点です。
最初に頂戴した編者あとがきの御原稿には、いま単行本に収録されている編者
あとがきの冒頭箇所がありませんでした。
「ヤングが遺した二百編近い短編を手にはいるかぎり」すべて伊藤さんが読ん
だ上でセレクトしたことが本書の特徴でもありますので、あとがきにはっきり
と書いておきませんか? とお願い申し上げたところ、伊藤さんは、こんな作
品をせっせと読みあさったなんて言ったら恥ずかしいな、とちょっとはにかみ
ながらおっしゃいました(笑)。
たしかにヤングの作品は「大好き!」と公言するにはやや気恥ずかしいところ
もありながら、でも愛さずにはいられない不思議な魅力があるようです。


編者あとがきをお読みになった方は驚かれたかもしれませんが、伊藤さんはヤ
ング短編集をもう1冊編む必要があると考えておられます。
『ジョナサンと宇宙クジラ』『たんぽぽ娘』につづく伊藤典夫編ヤング短編集
の第3弾が実現する日を、わたしもみなさんと一緒に首を
長~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~くしながらお待ち申し上げたく思います。


以下、完全な余談です。

***注意!ネタバレあり!***

主人公のマークは、ジュリーの正体に気づかないものなのか?
「たんぽぽ娘」を読んだけっこう多くの人はそう感じるかと思います。
わたしもそうでした。
でも今回、編集作業で久しぶりに読み直してみると、ヤング自身も当然その点
は意識していて、いろいろ伏線を張っているのですね。

たとえば、マークが"たんぽぽ娘"ジュリーを初めて間近に見たときは〈いたた
まれないほどの既視感(ルビ:デジャ・ヴュ)をおぼえ、手がつと伸びて、風
のなかにある彼女の頬にふれそうになった〉とあります。
自分の奥さんの20年前の姿をしたに若い女性にいきなり出会ったわけですか
ら、「既視感をおぼえ」たのも当然です。
ラスト近くでマークはなぜ(既視感をおぼえながらも)「おれのかみさんの若
い日のころの姿にそっくりだ」とはまったく感じなかったのかについても、分
かるような分からんような理屈を組み立てていますが......〈彼(マーク)の目
には......彼女は一日も年をとっていない〉ともありますが、あくまで「彼の目
には」です。奥さんのルックス、実際のところはけっこう変わってしまってい
るのかしらん......??
ついでに申し上げれば、ラストシーン、マークがジュリーの正体に気づいてか
ら初めて妻を目の前にしたとき、〈彼は手を伸ばすと、はるかな時を超えて、
彼女の雨に濡れた頬にふれた〉とあります。ここは先の引用箇所と呼応してい
て、20年前の妻=ジュリーの頬には、手を伸ばしてふれたいと思いながら
も、ぐぐっと我慢してふれられなかったから、このとき頬にふれたのは「はる
かな時を超えて」という次第かと。


最後に、蛇足の蛇足。
「たんぽぽ娘」なんて男の願望充足小説だ、という方もいるかと思いますし、
それまで妻ひとすじできた(と自己申告している)40代の中年男が20歳そこ
そこの美少女にひとめぼれされるのですから、そのような指摘も否めません。
わたしがこの作品を初めて読んだのは、ジュリーの年齢に近しい大学生の頃
で、そのような側面もあるがゆえに、いいお話だなあ......とうっとり感動した
ように思います。
でも、いまとなってはマークの年齢に近しい、バカボンパパと同い年の41歳
の春を迎えて、およそ20年ぶりに読み返してみたら、かつてはまったく抱か
なかった感動をおぼえました。
「長年連れ添ってきた妻に対しても、ちょっとした気持ちの持ちかた次第で、
出会った当初のみずみずしい思いが取り戻せる。そのような魔法の力を甘美に
も教えてくれる、なんてハッピーなお話なんだ!ありがとう、ロバート・F・
ヤング!」
20年の歳月は人を変えるものですね。
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奇想コレクション『たんぽぽ娘
ロバート・F・ヤング 著/伊藤典夫 編 ●1995円

過去の奇想コレクションシリーズ
http://www.kawade.co.jp/np/search_result.html?ser_id=62180


(初出:『かわくらメルマガ』vol.15『幻のワイン100』刊行記念・貴重なワイン試飲会/編集担当者が語る、「たんぽぽ娘」はなぜ幻の名作なのか?)
テレビドラマ「すいか」で向田邦子賞を受賞、他に「野ブタ。をプロデュー
ス」「Q10」などで人気の夫婦脚本家・木皿泉さんによる、はじめての小説
『昨夜のカレー、明日のパン』が刊行されました。
昨年12月末には「王様のブランチ(TBS系列)BOOKアワード2013」大賞を受賞し、
また第11回本屋大賞にもノミネートされるなど、話題が続くロングセラー。
編集担当のこぼれ話をぜひごらんください。


『昨夜のカレー、明日のパン』木皿泉 ●1470円

『昨夜のカレー、明日のパン』木皿泉応援団・特設サイト

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◎『昨夜のカレー、明日のパン』ができるまで
編集部 中山真祐子
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メルマガを読んでくださっているみなさん、初めまして。
先日、初めての小説『昨夜のカレー、明日のパン』を刊行された、
木皿泉さんの担当編集です。

木皿さんは夫婦脚本家で、「木皿泉」というのは和泉努さん、妻鹿年季子さ
んのお二人による、共同ペンネームです。
これまでお二人は、テレビドラマ「すいか」「野ブタ。をプロデュース」「セ
クシーボイスアンドロボ」「Q10」などを手掛けていらっしゃいます。
一昨年は、NHK-BSプレミアムで、お二人の生活に密着し、その創作の裏側に
迫ろうとした「しあわせのカタチ~脚本家・木皿泉 "創作"の世界~」という
ドキュメンタリー+ミニドラマが放映されました。
「見たことがある!」という方もいらっしゃるかもしれませんね。

そんな木皿さんの初めての小説、ということで、発売の2ヶ月以上前からツイ
ッターなどを通して告知を開始したのですが、ファンの方々から驚くほどたく
さんの好意的な反応をいただき、さらに、全国の書店員さんから「ゲラ(本に
なる前の原稿を刷った紙の束のことです)を読みたい!」という嬉しい声をい
ただきました。早速、小社営業部がゲラをお届けしたのですが、返ってきたの
はびっくりするくらい熱烈な感想と本書に対するエールの山。「木皿さんのド
ラマは一度も見たことがないけれど、小説に大変感動したので、小説家と
して絶対に応援したい!」という方も数多く、私たちは嬉しくて嬉しくて本当
に涙に暮れました。

そして、そんな思いをもった書店さんが結成して下さったのが「木皿泉応援
団」です。出版社の編集、営業の人間はもちろん、読者のみなさんに直接本を
薦めて下さる書店員さん、みんながこの本を読み、愛している――そんな人た
ちの集まり。ですから私たちは心から、この小説を木皿さんのファンの方々
にはもちろん、木皿さんを知らない方々に一人でも多くお届けしたい!と思っ
ています。

4月22日の発売以降は、読者のみなさんからもあたたかく深い感想をたくさ
んいただいています。おかげさまで、早速、増刷もかかりました!
尚、「木皿泉応援団」の書店さんについては、特設サイトも作っております。
書店員さんからお寄せ頂いた感想や、お手製のPOP、全国でどこに応援団書
店さんがあるか、などもご紹介しておりますので、是非、ご覧ください!

さて、前置きが長くなりましたが、今日はこの本、
通称『カレーパン』(木皿さん命名)ができるまでを少しだけご紹介したいと
思います。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、木皿さんの最初の編集担当は、
小社の現在の社長(以降、初代担当)です。
初代担当が編集部時代にテレビドラマ「すいか」を観て、小説をご執筆頂け
ないか、と木皿さんにご連絡差し上げたのがそもそもの始まりでした。
「すいか」の放送が2003年7月からの1クールですから、本ができるまで
に、おおよそ9年半(!)かかったことになります。

その後、初代担当がこの連作長編小説の第1話「ムムム」をいただいたのが
2004年9月22日。
できあがった原稿はA4の用紙で21枚、当時、FAXで送られてきたそうです。
原稿と一緒にいただいた送信表には、こんなコメントが添えられていて、初代
担当は今後の展開やまだ見ぬ登場人物についてあれこれ想像を膨らませなが
ら、次回以降を楽しみにしていたのだとか。

「キャラクターはおいおいつくってゆくつもりです。
(ギフとか もう少しセリフを考えたいと思っています)」

しかし、その翌月、2004年10月に木皿さんご夫妻の旦那さま、大福さん
こと和泉さんが脳出血で倒れてしまい、奥さまの妻鹿さん(かっぱさん)の
介護の日々が始まります。
初代担当の元に残ったのは、小説の1話目のみ。
言うまでもなく、2話目以降はストップしてしまいました。
事情が事情なだけに、初代担当はどうすることもできず、なにくれとなくお電話
をして世間話だけは欠かさずにしながらも、あっという間に数年の歳月が流れ
てしまいました。
「せっかくいただいた小説の原稿。でもこれだけでは本にはできない。とは言
え、なんとかして本にしたい、この作品を、一日も早く、世の中に広めたいー
ーだけど......」
そんな葛藤を抱えて6年半ほどが経った、2011年2月。
初代担当はなんと、小社の社長になってしまいました。

さて、ここで時代をちょっと遡ってみます。
2003年の暑い夏、日本テレビ系列で放送された「すいか」というドラマを、
みなさんはご存知でしょうか。
三軒茶屋にある「ハピネス三茶」という下宿が舞台で、血のつながりのない
女性たちが繰り広げる日常風景に、主人公・基子の信用金庫の同僚で、3億円を
横領した馬場チャンの逃走劇が挿入される連続ドラマでした。

34歳・独身・彼氏なし・実家暮らしで、毎日にドラマもなく煮詰まっている
基子。
公私ともに完璧だった双子の姉を亡くし、"自分が死ん方がよかったのに"という
思いを抱えているエロ漫画家の絆。
決して曲げない信念ゆえに恐れられ、煙たがられつつ、慕われてもいる大学教
授の夏子。
幼い時に母が父でない男と出て行ってしまった下宿の大家・ゆかちゃん。

この4人のそこはかとない不安、怒り、戸惑いはいずれも等身大で、彼女たち
に向かって誰かが語りかける一言一言は、そのままブラウン管を通って(この
頃はまだ液晶ではなかった、と思います)視聴者の心にじんわりと、しかし確
実に届きました。

視聴率が取れなかったドラマ、と今でも言い継がれていますが、この「すい
か」の脚本で、木皿さんはその年の優れたテレビドラマ脚本家に贈られる、
第22回向田邦子賞を受賞されています。
受賞理由は次のようなものです。

「『すいか』は、優れてテレビ的空間のドラマを目指しています。
つまり、セリフの力、セリフの愉しさ、セリフの危うさを満載していて、
見ている人たちと同じ地平での会話が生きているのです。
これはテレビドラマの最も基本的な力に他なりません。
また、木皿さんが男女二人のコンビのライターというのも、なにかとても
愉しいものがあります。」

私事ですが、放映は私が大学4年の就職活動真っ最中、といった時期でした。
あの夏は本当に暑かった。当時、内定がもらえない焦りと暑さが一緒になっ
て、おそらく実際よりも暑く、ジリジリと焼かれているように感じていました。
実家暮らしだったので、そんな不安が家族にも透けて見えていたのでしょう、
家の中は、言いようのない緊張感に包まれていたように思います。

そんなピリピリとした日々の中で、唯一、全員の心がゆるむ瞬間が、「すい
か」の時間でした。初回から最終回まで、私たち家族はなぜか必ずリビングに
集まってドラマを観ました。特に感想を言うわけではありません。CMの合間
にも、ほとんどしゃべることはありませんでした。

時には、母が静かに涙をぬぐっていました。
時には、父がうーんと唸りました。
そして私はそんな二人が視界に入っているにも拘らず、あえて見えないフリを
しながら、その時間をちょっとだけ気恥ずかしく、でももう二度と来ない大切
な時間なのかも、と思い、全回、一緒にテレビを囲みました。

心身ともに張りつめていた私にとって、木皿さんが伝えようとしてくれた言葉
が、その場にいた家族の姿と重なって、心に響いてきたのだと思います。「い
てよし!」と。
今思い出してみても、とても不思議な、しかし当時一番リラックスできた、幸
せで懐かしい時間です。

向田邦子賞の選評にあるように、木皿さんの紡ぐ言葉は、私たちの生きている
世界と地続きにあります。
だからこそ、見る人の年齢も性別も境遇も関係なく、その人にその時必要な言
葉がじんわりと届いていくのだと思います。
それは、ドラマでも小説でも同じこと。

話を小説に戻します。
『カレーパン』の舞台は、庭に銀杏の木が一本ある、築何十年の古い一軒家・
寺山家です。
主たる登場人物はこの家で暮らす、7年前に夫・一樹をガンで亡くしたテツコ
(28歳)と一樹の父でテツコと同居しているギフ、さらに、アパートで一人
暮らしをしているテツコの恋人・岩井さんの3人です。

テツコとギフは、一樹の死を受け入れられないまま、"家族"としてなんとなく
一緒に生活を続けています。
そんな血のつながりのない2人の生活について、テツコと結婚したいと思って
いる岩井さんには、変だ、と言われてしまいますが、それでもテツコはその生
活をやめるつもりはありません。
物語は、そんな3人の日常だけでなく、一樹の幼なじみと従兄弟、テツコの友
人などに及びます。
そしてその裏にはいつも、「人の死」という喪失感が漂っています。

人が死ぬのはどうにも逃れられない運命、だから簡単には割り切ることの
できないもの。
その人その人に、亡くなった方との思い出があり、人それぞれに消化の時間
が違う。
でも、それでいいんだ、人それぞれ、違っていいんだ、と、素直に思わせてく
れるのが、『カレーパン』だと思います。
そしてきっと、『カレーパン』を読んでわき上がる感情も、受け取る言葉も、
人それぞれだと思うのです。

さて、初代担当が社長になってしまってからすぐ、編集担当を私が引き継ぐこ
とになりました。
最初にお目にかかったのは2011年8月30日。
家族で「すいか」を見ていた時と同じように、暑い暑い夏の日でした。
そして、2話目「パワースポット」をいただいたのが同年12月3日。
最後の8話目「一樹」が2013年1月15日でしたから、担当を引き継いで
から1年強、原稿のやり取りをさせて頂きました。
原稿は、9年前とは違って毎回メールで送られてきたのですが、急いでプリン
トアウトしてデスクに戻って読む度、涙が溢れて原稿が読めなくなってしま
い、同僚達にそれを気づかれないようにあわててトイレに駆け込む、というこ
とを7回繰り返してしまいました。
そしてそのたびに、この小説を、この言葉を、やっぱり一人でも多くの方に届
けなければいけない、と改めて強く思ったものです。

今、目の前に、2004年11月に日本テレビより刊行された『すいかシナリ
オBOOK』があります。
これは、和泉さんが倒れられたすぐあとの刊行で、初代担当がいただいたサイ
ンとコメント入りの一冊です。
そこには、こうあります。

「仕事で返す 木皿泉」

足掛け10年、いろんな思いがようやく結実し、おかげさまで本当に多くの
方々に応援して頂いている、『昨夜のカレー、明日のパン』。
エピソードはまだまだ、数えきれないほどあるのですが、それはまた別の機会
にご紹介できればと思います。

(2013/5/30配信 【かわくらメルマガ】vol.14より)
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◎『昨夜のカレー、明日のパン』木皿泉 ●1470円

◎『文藝別冊 木皿泉』物語る夫婦の脚本と小説 ●1470円
ロングインタビューや川上弘美さん×高山なおみさんの対談、未発表小説「晩
パン屋」、伝説のラジオドラマ脚本、木皿さんのお家訪問など、木皿ワールド
満載の1冊。

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