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担当編集者が語る『秘島図鑑』

皆様、「かわくら」メルマガのご購読をありがとうございます。
7月27日発売『秘島図鑑』担当編集者です。

夏本番を迎えると、様々な思いが去来します。
遠い日の夏休み、無邪気に遊んだ海、昆虫採集......。
幼き頃から学生時代までは、夏は1年のなかで最も自由な時季だったからこそ、
毎年夏が来ると、「あの頃」の懐かしさや切なさが、ちょっぴり込み上げてきます。

そんな「あの頃の夏」を振り返ってみますと、
「知らない所へ行きたい」「もっと遠くへ行きたい」という欲求が
自分の中に渦まいていました。
でも、社会人となって歳を重ねるごとに、そんな思いもだんだん薄らいできます。
「そんなに休みが取れないし」「疲れるので出かけたくない」......といった具合に。

今回担当しました『秘島図鑑』は、
大人になって忘れかけていることを呼び覚ましてくれる、そんな本です。
本書は、日本の島、なかでも「行けない島」だけにフォーカスした稀有な本。
本邦初の「行けない島ガイドブック」なのです。

少し本書の内容をご説明させてください。
この本では、秘島を「日本の超離島」「離島の先にある離島」と定義して、
33の秘島を追い求める、という内容です。アクセスのない、無人の秘島へと。

たとえば、小笠原の父島・母島までは定期航路があっても、
その先の硫黄諸島、南鳥島、沖ノ鳥島には行けない。
あるいは、伊豆諸島の有人最南端の青ヶ島には渡れても、
その先のベヨネース列岩、鳥島、孀婦(そうふ)岩には行けない。
はたまた、沖縄の離島、南・北大東島には行けても、
そのはるか南にある沖大東島(ラサ島)には行けない。

そんな具合に、日本には行けない秘島が
たくさんあることに気づかされます。
それでも著者は、秘島になんとか近づこうと試みます。
実際に漁船をチャーターして上陸できたのは、ごく一部の島に限られるものの、
クルーズ船や定期航路から秘島を遠望したり、最寄りの有人島にまで足を運んで、
秘島への想像を膨らませてみたり......。
さらには、秘島の資料を読み漁って、秘島に「近づく」ことを試みます。

著者は、学生時代は早大水中クラブ(ダイビング部)に所属し、
沖縄や小笠原、伊豆諸島の島々で「海に潜りまくる日々」を過ごしたと言います。
そうして海と島に魅了され、社会人になってからも
国内外の海と島の旅をつづけています。
ダイビングだけでなく、サーフィンも楽しむ著者ですが、
いちばん楽しいのは「レジャーよりも島を歩くこと」「島のことを調べること」と言
います。

本書で、著者はこう総括しています。

「この本で問いたかったのは、(物理的に)行けないから、行けないのではない、
ということ。遠くのことを思う気持ち、行きたいと思う気持ち、
近づきたいと思う気持ち。それらの気持ちを持ちつづけることが、
広義な意味で『行くこと』『旅すること』なのではないか」、と。

秘島へのしなやかな執念とでも言うような、著者のアプローチによって、
知られざる日本の秘島の姿が、ありありと浮かび上がってきます。
いにしえの漂流者、有人島だった頃の人びとの暮らし、資源への思惑、戦争、環境の
こと......。


今夏、アメリカの小説家であるケイト・ダグラス・ウィギンの名言が、
CMや車内広告のキャッチコピーに起用され、よく目にします。

「遠くに行くことはある種の魔法で、戻ってきたときにはすべてが変わっている」

この名言は「遠くに行く非日常こそが、日常を照らし出す」ということを
指していますが、『秘島図鑑』に基づいて考えてみますと、
遠くを思うことこそが魔法である――と、言えるのではないでしょうか。

そういう意味で、この夏は、実際に旅をしてもしなくても、
秘島図鑑』で「遠くへ出かけて」みてはいかがでしょうか。
小さな島々がもつ忘れてはいけない物語の数々から、
「秘島」への思いを巡らせてもらえれば、
担当者として嬉しく思います。

遠い日の夏は過ぎ去ったのではなく、今も自分の中に流れている――。
そんな気持ちにさせてくれる夏になることを祈って。

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【好評発売中】
清水浩史『秘島図鑑

(初出:『かわくらメルマガ』vol.79 「担当編集者が語る『秘島図鑑』」)