かわくらトップページへ 過去のかわくらメルマガ掲載記事過去のかわくらメルマガ掲載記事一覧かわくらアーカイブを購読

過去のかわくらメルマガ掲載記事
  • Clip to Evernote
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2014年1月の記事一覧

テレビドラマ「すいか」で向田邦子賞を受賞、他に「野ブタ。をプロデュー
ス」「Q10」などで人気の夫婦脚本家・木皿泉さんによる、はじめての小説
『昨夜のカレー、明日のパン』が刊行されました。
昨年12月末には「王様のブランチ(TBS系列)BOOKアワード2013」大賞を受賞し、
また第11回本屋大賞にもノミネートされるなど、話題が続くロングセラー。
編集担当のこぼれ話をぜひごらんください。


『昨夜のカレー、明日のパン』木皿泉 ●1470円

『昨夜のカレー、明日のパン』木皿泉応援団・特設サイト

---------------------------------------------------------------------------------------------------------
◎『昨夜のカレー、明日のパン』ができるまで
編集部 中山真祐子
---------------------------------------------------------------------------------------------------------
メルマガを読んでくださっているみなさん、初めまして。
先日、初めての小説『昨夜のカレー、明日のパン』を刊行された、
木皿泉さんの担当編集です。

木皿さんは夫婦脚本家で、「木皿泉」というのは和泉努さん、妻鹿年季子さ
んのお二人による、共同ペンネームです。
これまでお二人は、テレビドラマ「すいか」「野ブタ。をプロデュース」「セ
クシーボイスアンドロボ」「Q10」などを手掛けていらっしゃいます。
一昨年は、NHK-BSプレミアムで、お二人の生活に密着し、その創作の裏側に
迫ろうとした「しあわせのカタチ~脚本家・木皿泉 "創作"の世界~」という
ドキュメンタリー+ミニドラマが放映されました。
「見たことがある!」という方もいらっしゃるかもしれませんね。

そんな木皿さんの初めての小説、ということで、発売の2ヶ月以上前からツイ
ッターなどを通して告知を開始したのですが、ファンの方々から驚くほどたく
さんの好意的な反応をいただき、さらに、全国の書店員さんから「ゲラ(本に
なる前の原稿を刷った紙の束のことです)を読みたい!」という嬉しい声をい
ただきました。早速、小社営業部がゲラをお届けしたのですが、返ってきたの
はびっくりするくらい熱烈な感想と本書に対するエールの山。「木皿さんのド
ラマは一度も見たことがないけれど、小説に大変感動したので、小説家と
して絶対に応援したい!」という方も数多く、私たちは嬉しくて嬉しくて本当
に涙に暮れました。

そして、そんな思いをもった書店さんが結成して下さったのが「木皿泉応援
団」です。出版社の編集、営業の人間はもちろん、読者のみなさんに直接本を
薦めて下さる書店員さん、みんながこの本を読み、愛している――そんな人た
ちの集まり。ですから私たちは心から、この小説を木皿さんのファンの方々
にはもちろん、木皿さんを知らない方々に一人でも多くお届けしたい!と思っ
ています。

4月22日の発売以降は、読者のみなさんからもあたたかく深い感想をたくさ
んいただいています。おかげさまで、早速、増刷もかかりました!
尚、「木皿泉応援団」の書店さんについては、特設サイトも作っております。
書店員さんからお寄せ頂いた感想や、お手製のPOP、全国でどこに応援団書
店さんがあるか、などもご紹介しておりますので、是非、ご覧ください!

さて、前置きが長くなりましたが、今日はこの本、
通称『カレーパン』(木皿さん命名)ができるまでを少しだけご紹介したいと
思います。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、木皿さんの最初の編集担当は、
小社の現在の社長(以降、初代担当)です。
初代担当が編集部時代にテレビドラマ「すいか」を観て、小説をご執筆頂け
ないか、と木皿さんにご連絡差し上げたのがそもそもの始まりでした。
「すいか」の放送が2003年7月からの1クールですから、本ができるまで
に、おおよそ9年半(!)かかったことになります。

その後、初代担当がこの連作長編小説の第1話「ムムム」をいただいたのが
2004年9月22日。
できあがった原稿はA4の用紙で21枚、当時、FAXで送られてきたそうです。
原稿と一緒にいただいた送信表には、こんなコメントが添えられていて、初代
担当は今後の展開やまだ見ぬ登場人物についてあれこれ想像を膨らませなが
ら、次回以降を楽しみにしていたのだとか。

「キャラクターはおいおいつくってゆくつもりです。
(ギフとか もう少しセリフを考えたいと思っています)」

しかし、その翌月、2004年10月に木皿さんご夫妻の旦那さま、大福さん
こと和泉さんが脳出血で倒れてしまい、奥さまの妻鹿さん(かっぱさん)の
介護の日々が始まります。
初代担当の元に残ったのは、小説の1話目のみ。
言うまでもなく、2話目以降はストップしてしまいました。
事情が事情なだけに、初代担当はどうすることもできず、なにくれとなくお電話
をして世間話だけは欠かさずにしながらも、あっという間に数年の歳月が流れ
てしまいました。
「せっかくいただいた小説の原稿。でもこれだけでは本にはできない。とは言
え、なんとかして本にしたい、この作品を、一日も早く、世の中に広めたいー
ーだけど......」
そんな葛藤を抱えて6年半ほどが経った、2011年2月。
初代担当はなんと、小社の社長になってしまいました。

さて、ここで時代をちょっと遡ってみます。
2003年の暑い夏、日本テレビ系列で放送された「すいか」というドラマを、
みなさんはご存知でしょうか。
三軒茶屋にある「ハピネス三茶」という下宿が舞台で、血のつながりのない
女性たちが繰り広げる日常風景に、主人公・基子の信用金庫の同僚で、3億円を
横領した馬場チャンの逃走劇が挿入される連続ドラマでした。

34歳・独身・彼氏なし・実家暮らしで、毎日にドラマもなく煮詰まっている
基子。
公私ともに完璧だった双子の姉を亡くし、"自分が死ん方がよかったのに"という
思いを抱えているエロ漫画家の絆。
決して曲げない信念ゆえに恐れられ、煙たがられつつ、慕われてもいる大学教
授の夏子。
幼い時に母が父でない男と出て行ってしまった下宿の大家・ゆかちゃん。

この4人のそこはかとない不安、怒り、戸惑いはいずれも等身大で、彼女たち
に向かって誰かが語りかける一言一言は、そのままブラウン管を通って(この
頃はまだ液晶ではなかった、と思います)視聴者の心にじんわりと、しかし確
実に届きました。

視聴率が取れなかったドラマ、と今でも言い継がれていますが、この「すい
か」の脚本で、木皿さんはその年の優れたテレビドラマ脚本家に贈られる、
第22回向田邦子賞を受賞されています。
受賞理由は次のようなものです。

「『すいか』は、優れてテレビ的空間のドラマを目指しています。
つまり、セリフの力、セリフの愉しさ、セリフの危うさを満載していて、
見ている人たちと同じ地平での会話が生きているのです。
これはテレビドラマの最も基本的な力に他なりません。
また、木皿さんが男女二人のコンビのライターというのも、なにかとても
愉しいものがあります。」

私事ですが、放映は私が大学4年の就職活動真っ最中、といった時期でした。
あの夏は本当に暑かった。当時、内定がもらえない焦りと暑さが一緒になっ
て、おそらく実際よりも暑く、ジリジリと焼かれているように感じていました。
実家暮らしだったので、そんな不安が家族にも透けて見えていたのでしょう、
家の中は、言いようのない緊張感に包まれていたように思います。

そんなピリピリとした日々の中で、唯一、全員の心がゆるむ瞬間が、「すい
か」の時間でした。初回から最終回まで、私たち家族はなぜか必ずリビングに
集まってドラマを観ました。特に感想を言うわけではありません。CMの合間
にも、ほとんどしゃべることはありませんでした。

時には、母が静かに涙をぬぐっていました。
時には、父がうーんと唸りました。
そして私はそんな二人が視界に入っているにも拘らず、あえて見えないフリを
しながら、その時間をちょっとだけ気恥ずかしく、でももう二度と来ない大切
な時間なのかも、と思い、全回、一緒にテレビを囲みました。

心身ともに張りつめていた私にとって、木皿さんが伝えようとしてくれた言葉
が、その場にいた家族の姿と重なって、心に響いてきたのだと思います。「い
てよし!」と。
今思い出してみても、とても不思議な、しかし当時一番リラックスできた、幸
せで懐かしい時間です。

向田邦子賞の選評にあるように、木皿さんの紡ぐ言葉は、私たちの生きている
世界と地続きにあります。
だからこそ、見る人の年齢も性別も境遇も関係なく、その人にその時必要な言
葉がじんわりと届いていくのだと思います。
それは、ドラマでも小説でも同じこと。

話を小説に戻します。
『カレーパン』の舞台は、庭に銀杏の木が一本ある、築何十年の古い一軒家・
寺山家です。
主たる登場人物はこの家で暮らす、7年前に夫・一樹をガンで亡くしたテツコ
(28歳)と一樹の父でテツコと同居しているギフ、さらに、アパートで一人
暮らしをしているテツコの恋人・岩井さんの3人です。

テツコとギフは、一樹の死を受け入れられないまま、"家族"としてなんとなく
一緒に生活を続けています。
そんな血のつながりのない2人の生活について、テツコと結婚したいと思って
いる岩井さんには、変だ、と言われてしまいますが、それでもテツコはその生
活をやめるつもりはありません。
物語は、そんな3人の日常だけでなく、一樹の幼なじみと従兄弟、テツコの友
人などに及びます。
そしてその裏にはいつも、「人の死」という喪失感が漂っています。

人が死ぬのはどうにも逃れられない運命、だから簡単には割り切ることの
できないもの。
その人その人に、亡くなった方との思い出があり、人それぞれに消化の時間
が違う。
でも、それでいいんだ、人それぞれ、違っていいんだ、と、素直に思わせてく
れるのが、『カレーパン』だと思います。
そしてきっと、『カレーパン』を読んでわき上がる感情も、受け取る言葉も、
人それぞれだと思うのです。

さて、初代担当が社長になってしまってからすぐ、編集担当を私が引き継ぐこ
とになりました。
最初にお目にかかったのは2011年8月30日。
家族で「すいか」を見ていた時と同じように、暑い暑い夏の日でした。
そして、2話目「パワースポット」をいただいたのが同年12月3日。
最後の8話目「一樹」が2013年1月15日でしたから、担当を引き継いで
から1年強、原稿のやり取りをさせて頂きました。
原稿は、9年前とは違って毎回メールで送られてきたのですが、急いでプリン
トアウトしてデスクに戻って読む度、涙が溢れて原稿が読めなくなってしま
い、同僚達にそれを気づかれないようにあわててトイレに駆け込む、というこ
とを7回繰り返してしまいました。
そしてそのたびに、この小説を、この言葉を、やっぱり一人でも多くの方に届
けなければいけない、と改めて強く思ったものです。

今、目の前に、2004年11月に日本テレビより刊行された『すいかシナリ
オBOOK』があります。
これは、和泉さんが倒れられたすぐあとの刊行で、初代担当がいただいたサイ
ンとコメント入りの一冊です。
そこには、こうあります。

「仕事で返す 木皿泉」

足掛け10年、いろんな思いがようやく結実し、おかげさまで本当に多くの
方々に応援して頂いている、『昨夜のカレー、明日のパン』。
エピソードはまだまだ、数えきれないほどあるのですが、それはまた別の機会
にご紹介できればと思います。

(2013/5/30配信 【かわくらメルマガ】vol.14より)
---------------------------------------------------------------------------------------------------------
◎『昨夜のカレー、明日のパン』木皿泉 ●1470円

◎『文藝別冊 木皿泉』物語る夫婦の脚本と小説 ●1470円
ロングインタビューや川上弘美さん×高山なおみさんの対談、未発表小説「晩
パン屋」、伝説のラジオドラマ脚本、木皿さんのお家訪問など、木皿ワールド
満載の1冊。

※※※※※※河出クラブの入会はこちらから※※※※※※