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担当編集者が語る『ツァラトゥストラかく語りき』

ニーチェ畢生の名著『ツァラトゥストラかく語りき』の新訳を河出文庫で刊行しまし
た。訳者は2008年に大著『夜戦と永遠』によって衝撃的なデビューを飾り、20
10年『切りとれ あの祈る手を』で多くの読者を感動でゆるがした佐々木中さんで
す。
佐々木さんは思想界の若きリーダーの位置にとどまることなく、その後は小説家とし
ても余人の及ばない境地を切り開く一方、その思想的な成果を4冊の「アナレクタ」
シリーズや『仝』(河出文庫)としてまとめるなど絶えず新たな試みに挑み続けてき
ました。
その佐々木さんが小説などのかたわらで数年をかけて密かにすすめてきたさらなる挑
戦、それが『ツァラトゥストラ』の新訳です。生田長江がはじめて訳して以来、
『ツァラトゥストラ』は多くのすぐれた文学者によって訳され、その時代の若者たち
に途轍もない影響を与え続けてきました。いまも氷上英廣の岩波文庫、手塚富雄の中
公文庫、吉沢伝三郎のちくま学芸文庫、竹山道雄の新潮文庫などが入手可能ですし、
そのどれもが名訳として愛されつづけてきました。
ここでいま佐々木さんがなぜ新訳を出す必要があったのか。これは実際に書店で実物
を手にとってみていただけばひと目でわかるはずです。汲めども尽きないニーチェの
限りなく深い思考を限りなく詩的によみがえらせるためにはこの訳者しかいない、と
私たちは確信していましたが、それはこの本の一行一行によって証明されました。
時代が危うくなるためにニーチェは甦ってきました。その意味でいまニーチェが読ま
れなければならないのは確かだとしても、この数年のニーチェブームは本当にニー
チェに迫っているといえるのか。この新訳はそれへの回答でもあります。
ニーチェ以降の思想家でニーチェの影響を受けていない人はいませんし、ニーチェな
ど関係のない思想家がいるとしたら、その人の思想が読むに値するか疑ってしかるべ
きでしょう。ニーチェ以降の思想、ハイデガーからドゥルーズ。デリダなどにいたる
現代思想はニーチェ、そしてとりわけ『ツァラトゥストラ』の注解の歴史だったと
いっても過言ではないのですが、しかしこの本を読むために、そのような知識は必要
ではありません。
もし全編を読み通すのが難しければ、ときおりページをめくって何行かを読んでみて
ください。それだけでも途方もない歓びと困惑があなたをつつむことでしょう。
ニーチェは『この人を見よ』という自伝で「この本で私は人類への最大の贈り物をし
た」と書きました。人類はまだこの贈り物を受け取りきってはいないのです。今回の
新訳はそのための一歩となるでしょう。

編集担当

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【関連書籍】

フリードリヒ・ニーチェ 佐々木中訳『ツァラトゥストラかく語りき』(河出文庫)


(初出:『かわくらメルマガ』vol.80 星野智幸『呪文』刊行前読書会、開催!)