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社長メッセージと編集担当者が語る、第52回文藝賞

【社長メッセージ】
 
かわくら会員の皆さん、はじめまして。河出書房新社の社長をしております小野寺優
と申します。日頃は小社刊行物をご愛読いただき、またこの「河出クラブ」を通じて
小社に興味をもっていただき、心から御礼を申し上げます。

おかげさまで第52回を迎えた本年度文藝賞は、畠山丑雄著『地の底の記憶』、山下紘
加著『ドール』という二つの作品を受賞作とすることが出来、このたび単行本として
刊行することとなりました。この二つの作品が読者の皆さんにどのように受け入れら
れるか、この二つの新しい才能がこれからどのように成長してゆくか、今から本当に
楽しみです。

さて、小社は来年、創業130周年を迎えますが、その間、昭和37年にスタートしたこ
の文藝賞は常に小社の活動の中心にありました。それは恐らく過去も、そして今日に
おいても「新たな才能に出会う」ことほど、私たち出版社にとってワクワクし、その
意義を実感出来る仕事はなかなかないからではないかと思います。そしてそれは、読
者にとってもまた、最も楽しく、豊かな読書体験である、と私たちは思ってきまし
た。

しかし近年、その様相はずいぶん変わってきてしまったように思います。率直に申し
上げて、現在の出版界において新人作家を世に送り出す、というのはなかなか難しい
ことです。これから新たな受賞作を世に送り出そうという時にこのようなことを書く
のはおかしな話かもしれませんが、ここ数年各社の新人賞を見ても、その作家がいき
なりブレイクし、受賞作がベストセラーになる、ということは非常に稀有なこととな
りました。これは「売れなくて辛い」と出版社の愚痴を申し上げているのではありま
せん。「知らない作家の作品に触れてみたい」という、いわば読者の好奇心が薄れて
きていることに危機感を覚えているのです。

前述した通り、読書を趣味とするならば、「知らない才能に出会う」というのは、
もっとも豊かで楽しい経験のはずだと私たちは信じてきました。自分の感覚ひとつを
頼りに、知らない作家の本を買い、読んでみて「当たったぁ」とか時には「外れ
たぁ」などと一喜一憂し、友人に「あれ読んだ?」などと自慢する。時には作品をめ
ぐる解釈を闘わせる。そんな経験が、かわくら会員の皆さんならばあるのではないで
しょうか。それが当たりにせよ、外れにせよ、そういった経験を通じて私たちは自分
の好みを知り、自分なりの本の選び方を覚えていった。そして時には自分だけの傑作
を見つけ、気がつくとそれがうねりとなって、次の時代を担う作家が育っていった。
それがこれまでの流れだったように思います。

しかしながら、近年の傾向を見ていますと、「失敗したくない」、「話題に遅れたく
ない」という思いが強くなったためか、多くの情報が手軽に入手出来るようになった
ためか、人々は自分の感覚ではなく、ネット書店のレビューの星の数とかランキン
グ、つまりは他人の評価ばかりを頼りに本を買うようになってしまった。言わばそれ
は「多数決による読書」です。結果、大ベストセラーは生まれるけれども、それ以外
はサッパリ、という極端な二極化が生まれつつあります。無論、誰も失敗したいと思
う人はいませんが、だからと言って新しいものに手を出さない、というのは読書を
「文化」だとするならば、それはあまりに薄っぺらで、貧弱なもののように思えてな
りません。

いま、私たちはそんな「多数決による読書」から「個で選ぶ、個のための読書」を取
り戻す必要があるのではないでしょうか。そもそも、他人が5つ星をつけた本が自分
にとって5つ星かどうかなんて、全くわからないのですから。

その観点から申し上げると、今回の受賞作二作がすべての皆さんにとって5つ星かど
うかはわかりません。しかし、少なくとも私たちは、賛否両論、侃々諤々意見を闘わ
せるに値する、とても個性的で、新たな魅力にあふれた作品を送り出すことが出来
た、と自負しておりますし、大変嬉しく思っております。

ですから、勝手ながら皆さんにお願いを申し上げます。単行本でも、雑誌「文藝
2015冬季号」でも結構です。どうか、ご自身の目でこの二作品をお読みいただき、
ご感想を小社H.Pからお寄せいただけないでしょうか。そして、もし「お、これは
面白い」と思ってくださったならば、まさにここから飛び立ってゆこうとしている
二つの才能をご支援いただきたいと思います。

前述しました通り、おかげさまで来年、小社は創業130周年を迎えます。私たちはこ
れからも「新しい才能を世に送り出すこと」を大切に、そして皆さんに「こんな知ら
ない世界があったんだ」と思っていただける本を刊行することを目標に、ゆっくりと
歩を進めてゆきたいと思っております。どうか今後とも小社刊行物にご注目くださ
い。

いつか、どこかのかわくらイベント会場で、そして東京国際ブックフェアの小社ブー
スで、皆さんとお目にかかる日を心より楽しみにいたしております。

河出書房新社
代表取締役社長 小野寺 優


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【編集担当者が語る、第52回文藝賞】

去る10月29日(木)、第52回文藝賞贈呈式が山の上ホテルで行われました。
私事ですが、私は昨年、書籍編集部から文芸誌「文藝」編集部へ配属となりましたの
で、この「文藝賞」の一次選考から最終選考まで通して経験したのは、今回が初め
て。

賞の応募締切りは3月末日(消印有効)、届いた原稿は1700通強。そこから 4度の
予選を経て、最終候補4作まで絞ったところで、選考委員の方々(藤沢周氏、保坂和
志氏、星野智幸氏、山田詠美氏)による選考会へとたどり着きます。

今年の受賞作は、山下紘加『ドール』と畠山丑雄『地の底の記憶』の2作。
少年の「闇」と「性」への衝動を精緻な筆力で描いた『ドール』と、架空の土地を舞
台に100年の愛の狂気を壮大なスケールで描く『地の底の記憶』は、どちらも新人離
れした力作です。

贈呈式当日、壇上に立つ山下さん畠山さんの晴れの御姿を眺めながら、ここまでの道
のりを思い返し、舞台の袖で涙しました。......だって、新人賞を選ぶことが、こんな
に大変だとは予想もしてなかったんです! 現場を知らないうちは、正直、なんとな
くのイメージで、サラサラッと冒頭読めばその小説の良し悪しがわかるんでしょ? 
くらいに思っていました。舐めてました、とんでもない誤解でした。

一行目から何が書いてあるのかさーーーっぱり訳がわからない原稿も、仕掛けなので
はないか、なんかあるんじゃないかと読み進める、いや、読むべきなのが小説の新人
賞なんですね。しかも、応募作には特有の熱量があるといいますか、ひとつひとつに
並々ならぬ気合(念?)が籠っていますので、4、5作も読めばそのパワーにぐった
り、それが150日以上続きます。考えると当たり前です、小説の良し悪しなんて、そ
うそう簡単にわかるもんじゃない。選考とは、お前らにわかってたまるか、いや、わ
かってみせる、という応募作と選考側とのせめぎ合いなのでしょう、おそらく。

選考過程については非公開ゆえ、これ以上書くと編集長に叱られるので控えますが、
とにかく、この一年を経て、新人賞の選考とは非常に重大な責任が伴うものだと心し
た次第です。
受賞作の2作は、もちろん、どちらもぜひ皆さまに読んでいただきたい、新しい才能
です。ぜひページをめくっていただければ幸いです。

そして、次の53回文藝賞の締め切りもあと数ヶ月後に迫ってきました。新選考委員
は、斎藤美奈子氏、町田康氏、藤沢周氏、保坂和志氏です。
また全身全霊を込めて私どもが読みます。皆さまの作品をお待ちしております。

(「文藝」編集部M)

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【関連書籍】
山下紘加『ドール

畠山丑雄『地の底の記憶




(初出:『かわくらメルマガ』vol.89 文藝賞受賞作発売記念特集号)