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木皿泉『昨夜のカレー、明日のパン』待望の文庫化!

いつもメルマガを読んでくださっているみなさん、こんにちは。『昨夜のカレー、
明日のパン』(通称『カレーパン』)の担当編集です。以前、このメルマガで「通称
『カレーパン』ができるまで」と、木皿泉さんのドキュメンタリー+ドラマのDVD
ブック「『木皿泉 しあわせのカタチ DVDブック』ができるまで」をお届けしまし
た。読んでくださった方、本当にありがとうございます。本日は、文庫化記念とし
て、『カレーパン』刊行後の歩みをお届け致します。ジュンク堂書店三宮店の楠本杏
子さんから届いた、とてもあたたかい『カレーパン』の感想(後半に掲載)とともに、
お読みいただけたら嬉しいです。

小説『カレーパン』が刊行されたのは2013年4月、今から3年弱前の春のこと
でした。本作の著者、木皿泉さんは、二人でひとつの作品を作る夫婦脚本家として、
テレビドラマ「すいか」や「野ブタ。をプロデュース」「Q10」など、見ている人の
心にそっと寄り添い、赦し、ずっとそばにいてくれる名作を産み出してこられまし
た。

お二人が初めて挑戦した小説である『カレーパン』も同様。これは、7年前に夫・
一樹を25歳という若さで亡くした嫁・テツコと、一樹の父・ギフが、同じ家でとも
に暮らしながら、ゆるゆるとその死を受け入れていく物語です。テツコとギフのほか
にも、親戚や隣人、今の恋人に会社の同僚、偶然知り合った小学生など、実に多様な
人物が登場するのですが、彼らはそれぞれに何かしらの喪失を抱えて生きています。
なんとか脱して前進しようとする人もいれば、どうしてもそこから逃れられない人も
いる。そんな人々を、「それでもいいんだよ、無理して頑張らなくても大丈夫」と大
きな赦しで包み込み、そっと寄り添ってくれる、この木皿さんの処女作。発売前か
ら、「『カレーパン』と木皿さんを応援したい!」という思いを持ったさまざまな書
店さんが「木皿泉応援団」を結成してくださり、これまで木皿ドラマのファンだった
方々はもちろんのこと、木皿さんを知らない方々にも届くようにと、独自のアイデア
で店頭を盛り上げてくださいました。

結果、たくさんの方々に手に取っていただくことができたのです。刊行後、全国から
たくさんの熱のこもった感想が木皿さんのもとへ送られてきたことからも、『カレー
パン』が多くの人の心に深く深く届いたんだ、と実感しました。

それだけではありません。『カレーパン』はその後、全国の書店員さんが本気で売り
たい本を選ぶ「本屋大賞」の第2位にも輝き、ますます多くの方の手に、心に届けら
れました。その本屋大賞のパーティー会場で、全国から集まった書店員さんに囲まれ
て、手作りの『カレーパン』POP(店頭に置かれるハガキ大の宣伝用カードのこと)
を次々と手渡された木皿さんが、「ほんとうに書いてよかった」と笑顔でおっしゃ
ったあの瞬間を、私は絶対に忘れられません。

さらに、『カレーパン』はNHKのBSプレミアムで連続ドラマ化もされ(もちろ
ん、脚本は木皿さんご自身が手掛けられました!)、物語はまた違うカタチでさまざ
まな方々のもとへと羽ばたいていきました。

そんな本作『カレーパン』が、2016年1月、遂に文庫になりました。なんと、
本編の「男子会」のサイドストーリーとも言える、書き下ろし短編「ひっつき虫」を
収録! さらに巻末解説には、単行本『カレーパン』発売直前と昨年6月の2回、木
皿さん宅でインタビューをされ、お二人の作品に深く迫った作家・重松清さんにご執
筆いただいた、的確ながらとてもあたたかい木皿論も入り、自信を持ってお届けでき
る一冊に仕上がりました。人生の節目や幸せな時はもちろん、苦しく悲しい思いを抱
えた時にも、きっとずっと寄り添ってくれる作品です。暖冬とは言え、今日、都心で
も初雪を観測した寒いこの頃。木皿さんや『カレーパン』のファンの方も、まだ読ん
でないわ、という方も、ほっこりとあたたかい『カレーパン』を食べて(読んで)、
あたたまっていただければ嬉しいです。

(編集担当)

【過去のかわくらメルマガ掲載記事】

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【特別掲載】
「昨夜のカレー、明日のパンを再び読んで」
ジュンク堂書店三宮店 楠本杏子

2年半ぶりに再読し、この小説の持つ効力にハッとしました。
もちろん最初に読んだ時も、コミカルな会話とあたたかな登場人物に惹かれ、ああ良
い作品に出会ったと感じたのだけれど、今回はそれだけでない感情がむくむくと湧き
上がってきました。
最初の2ページ目のギフの台詞「人って、言葉が欲しい時あるだろう?」。この一言
が、今の私自身に驚くくらいストンと入ってきたのでした。
この小説は、主人公のテツコと亡くなった夫である一樹をめぐる人々の日常が編まれ
ています。テツコも、テツコの義父のギフも、みなその過去を胸に今を生きている。
なのに不思議と誰も湿っぽくならず、むしろ明るさまで感じるのは、著者である木皿
さんが、この小説に与えた言葉のおかげなんじゃないかなと思います。テンポ良く繰
り広げられる会話のあとで、すっと心の中に寄り添ってくれる言葉がここにある。そ
れは私たちの日常でもきっとそうで、ふとした時に誰かからもらうささやかな言葉
が、自分の心にいつまでも残り支えてくれることって、あると思うんです。そのこと
に、気づかされました。全編を通して飄々とした佇まいのギフはこんな台詞も言いま
す「人は変わってゆくんだよ。それは、とても過酷なことだと思う。でもね、でも同
時に、そのことだけが人を救ってくれるのよ」。最愛の妻を亡くし、息子を亡くした
ギフのこの言葉のように、抱えている悲しみや憂いから一歩踏み出す瞬間が描かれた
この作品に、私も今、改めて背中を押してもらったような気持ちになりました。

今ある不安を受け止めてくれるような、前に進む勇気を与えてくれるような、そんな
言葉にあふれた大切な1冊です。心が迷うことがある時に、またきっと手に取りたい
と強く思います。


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【関連書籍】
木皿泉『昨夜のカレー、明日のパン』(河出文庫)




(初出:『かわくらメルマガ』vol.92 木皿泉『昨夜のカレー、明日のパン』待望の文庫化!)