今年1月7日にフランスで起きたシャルリー・エブド事件は覚えて
いますか。
パリにある風刺週刊紙「シャルリー・エブド」本社を、武装したイ
スラーム過激派が襲撃し、12人を殺害した事件です。その後、「表
現の自由」をめぐり300万人規模の行進が行われるなど、国際的にも
大きな反響を呼びました。
『服従』は、この事件当日に発売され、またたく間にフランス、ドイ
ツ、イタリアでベストセラーとなった小説です。2022年、フランス
にイスラーム政権が誕生し、人生に絶望している40代のフランス文
学研究者が、ある決断をする──。
しかし、注目されたのは、内容だけではありませんでした。という
のも、著者のウエルベックは以前「イスラーム教は馬鹿げた宗教」な
どと発言したいわくつきの人物。しかも、当日「シャルリー・エブ
ド」の表紙を飾っていたのは、予言者風の装いをして「2015年、私
は歯を失う」「2022年、私はラマダンをしている」とうそぶくウエ
ルベックの戯画。おまけに、殺害された12人の中には、『経済学者
ウエルベック』の著者でウエルベックの友人でもあるベルナール・マ
リスが含まれていた......。
こうした現実と虚構がないまぜになる感覚は、ウエルベックの小説
の醍醐味でもあります。
本書でも、実在の政治家である右翼・国民戦線党首マリーヌ・ル・
ペンが登場し、大統領選で彼女が1位を獲得、実在しないイスラーム
同胞党の党首モアメド・ベン・アッベスが2位となり、実在する中道
勢力に支持されたベン・アッベスが大統領に就任することになりま
す。
一見無理があるようにも思える設定ですが、フランス国内における
イスラーム人口が1割を超えるという現実や、2002年の大統領選挙
で、それまでのフランス政治の中心を担ってきた中道右派のシラクと
左派のジョスパンが争うはずが、国民戦線のジャン=マリー・ル・ペ
ン(マリーヌの父)が2位に入り、全党派がシラクを支持せざるを得
なくなったという「歴史」をふまえてみると、途端にきな臭い話に
なってきます。
『服従』刊行後のいろいろな出来事については、店頭で配布している
フリーペーパーの関口涼子さんのエッセイを是非ご覧いただきたいの
ですが、刊行前の2014年には、そんなウエルベックが誘拐されると
いう設定の映画が公開されています。
『THE KIDNAPPING OF MICHEL HOUELLEBECQ』(ギョーム・ニ
クルー監督)。
なんとウエルベック自身が出演し、ジョン・ウォーターズが、
『マップ・トゥ・ザ・スターズ』や『ニンフォマニアック』とともに
2014年の大好きな映画10本に選んだと聞くと、興味をそそられる方
もいるのではないでしょうか。
今夏出演したテレビ番組の中でウエルベックは、「自分は現代社会
の予言をしようとは思っていない。社会に感じられる恐怖を汲み取
り、それを映し出そうとするだけだ。シャルリー・エブドのように、
本と被る事件が必ず起こってしまうことについては、恐ろしいと思っ
ているし、自分はそういう運命の神のもとに位置づけられてしまった
のだとしか考えられない」と発言しています。
↓
もちろん、ウエルベックの魅力はこの点にとどまりません。
物語の構成に長けた作家で、読みはじめるとどんどんはまっていき
ます(いわゆるカタルシスはありませんが......)。
ながらくフランス文学を主導してきたヌーヴォーロマンの伝統には
背を向け、個人や自由といった現代的価値の限界を探りつづける作家
でもあります。
紋切型といっても良い決め台詞にも惹かれます。「男にとって愛と
は与えられた快楽に対する感謝に他ならない」なんて、たとえ登場人
物の発言だとしても、いまどきなかなか書けません。
ウエルベックについては、今後弊社文庫で、『プラットフォーム』
(10月)と『ある島の可能性』(2016年1月)も刊行予定です。是
非こちらも手に取ってみてください。
(担当編集)
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