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『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』担当編集より

「自由がいちばん」「働け、そして愛せ」――トーベ・ヤンソンの魅力


 今年、生誕100周年を迎えたトーベ・ヤンソン。トーベ、という名前が「彼女」な
のか「彼」なのか。どこの国の何人なのか。そして、いったいトーベ・ヤンソン
とは誰なのか。そう思う人も多いかもしれません。

 トーベ・ヤンソン(1914-2001)は、政治、社会、文化をはじめ、さまざまな分野
に関わりながら、20世紀を象徴するかのような、色鮮やかで豊かな人生を送りまし
た。フィンランドで最も有名な芸術家であるトーベの著書は、30以上の言語に翻訳さ
れ、今も世界中で新版が刊行され続けています。また作品とひとことでいっても、そ
の幅は広く、ひとつの言葉で表現しきれる芸術家ではありません。童話作家、挿絵画
家、画家、作家、舞台美術家、演劇作家、詩人、風刺画家、そして漫画家でもあった
からです。一つの分野にとどまることを知らない、多面的で勢力的な活動をしたトー
ベ。とりわけ世界的に有名になったのがムーミンの物語です。

 その、世界中で今なお愛されるムーミン一家は、トーベ自身の家族がモデルとなっ
たと言っても過言ではありません。彫刻家の父、しっかりもののイラストレーターの
母。年の離れた弟たちふたり。そして、彼ら一家が過ごした自然ーー森と海、島の生
活ーーそれらすべてが、ムーミン物語の背景にはあります。

 彼女(そう、トーベ・ヤンソンは女性です)が人生の中で何よりも大切にしていた
のは、仕事、そして愛でした。蔵書票に書かれていたのは「働け、そして愛せよ」と
いうラテン語。絵を描くことが彼女にとっての仕事であり、生きることであり、また
何よりも絵を描くことに専念するために自由であり続けました。

 彼女は芸術家や文学界の男性との大恋愛ののち、女性の芸術家をパートナーにする
など、当時の社会状況を鑑みても、とにかく自由な存在でした。「女性である」という
ジェンダーの縛りをことごとく破り、物理的のみならず精神的にも自由であり続け
ました。どうしてそんなに自由でいられたのか。またどうしてそう自由であろうとし
たのか。

 その鍵は「戦争」だったのではないかと、私は思います。

 トーベ・ヤンソンが生まれたのは、第一次世界大戦が始まった1914年でした。母国
フィンランドは当時、ロシアから独立するべく動乱期にあったのです。そんな大きな
うねりのなか、スウェーデンとフィンランド両国で美術を学び、フランスにも留学を
したトーベ。第二次世界大戦が始ったのは、彼女が25歳の時でした。そしてトーベの
最初の個展は、なんと戦時中の1939年に行われました。

 20代の、いわゆる「青春時代」を暗い戦争の影に覆われてしまっても、ひるむこと
なく風刺画を描き、ナチス・ドイツを揶揄するようなイラストレーションも雑誌「ガ
ルム」に発表していたトーベ。戦争という、個人にとってはどうしようもない大きな
運命に対峙するためには「自由がいちばん」だったのではないか? と私は個人的に
思ってしまうのです。

 さらにいえば、フィンランドの厳しい自然との対峙も、ムーミン物語の哲学や、
キャラクターたちの含蓄ある言葉を生み出したのではないか? とあれこれ考えてし
まうのです。
 
 トーベの生涯については、本書『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』をじっ
くり読んで頂くとして、ここでは特筆すべき点をご紹介することにとどめましょう。
 世界中から、そして日本からもたくさんの人が訪れたという、ヘルシンキ・アテネ
ウム美術館で今年3月から9月まで開催されたトーベの大回顧展。彼女の油絵の大作
や、公共施設(主に病院など)の壁画ほか、いまだかつてない規模の展覧会でした。
この展覧会は日本でも10月23日から巡回する予定ですが、日本では未公開の絵画
や資料、写真があります。それらかなりの点数を本書内では収録しており、オール・
カラー図版で見ることができます(これは、日本の展覧会図録でも収録されておりま
せんので、大変貴重です)。

 トーベの生涯を深く知ることで、ムーミン物語の哲学もより深く知ることができる
ことになると思いますし、ムーミンだけでない、冒頭に書いたとおりの幅広い芸術活
動について、触れることができると思います。
 どうぞ、展覧会前の予習に、また展覧会後にじっくりと復習として、本書をぜひ読
んで頂きたく思います。(編集担当)

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *
【書籍情報】
トゥーラ・カルヤライネン 著
セルボ貴子/五十嵐淳 訳

【イベント情報】
10/20、24『ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソン』著者来日イベント開催(大
阪・東京)

トーベ・ヤンソン展
10月23日よりそごう美術館にて開催(全国巡回予定)