かわくらトップページへ 過去のかわくらメルマガ掲載記事過去のかわくらメルマガ掲載記事一覧かわくらアーカイブを購読

過去のかわくらメルマガ掲載記事
  • Clip to Evernote
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

『カノン』著者、中原清一郎(外岡秀俊)さん特別寄稿

発売になったばかりの長編小説『カノン』。
その著者である中原清一郎さんに、特別寄稿していただきました。
中原さんは、1976年大学生の時に『北帰行』で第13回文藝賞を受賞。同じ年にデ
ビューした村上龍さんとともに大きな話題となりましたが、朝日新聞社入社後は、
小説活動を休止。
今回、会社を早期退職され、『カノン』が久しぶりの小説発表となりました。
原稿用紙650枚にも及ぶ大作を書かれた中原さんのコメントはこちら!

----------------
 三年前、長年勤めた会社を早期退職し、郷里の札幌に帰った。ホームに入った父は
認知が進んでほとんど会話できず、時々視線が合うと、微笑むことがあった。
 毎夕、料理をつくって実家に持参し、母と晩酌をする。父の生前、よく母がこう
いった。「意識がしっかりして体が不自由なのと、頭は朦朧としていても体が自由な
のと、どちらが幸せなのかしら?」。それは、母にも自分にも、いずれ突きつけられ
る晩年の不可避の選択だ。
 医療の発達で、人の平均寿命は驚くほど延びた。もちろん幸せなことだが、思いが
けない出来事が随伴する。以前であれば露呈しなかった認知症が、ほぼすべての人の
最期に訪れる。脳の衰えとどう向き合い、尊厳ある最期をどうまっとうすればいいの
か。そう自分に問いかけたとき、物語の種子が蒔かれた。一方には意識がいまだしっ
かりしていながら末期の肉体をもった人がおり、他方には健全な肉体をもちながら記
憶を失いつつある人がいる。その二人が契約を交わして、脳の一部を交換したら?
 もちろん突拍子もない空想だ。でもそこで起きることは、科学技術の発展によって
間延びした人生のリアルな描写になる可能性がある。そうやって物語を書き始め、突
き動かされるようにして書き終えた。雑誌に掲載された作品を読んだ何人かが、「一
日で読み終えた」「続きが気になり、風呂に入りながら読んだので雑誌がぼろぼろに
なった」といってくださった。作者にとって、これ以上の褒め言葉はない、と思った。
----------------
★『カノン』中原清一郎 ●1800円


■著者プロフィール
中原 清一郎 (ナカハラ セイイチロウ)
1953年生まれ。76年東大在学中に外岡秀俊名義で書いた『北帰行』で、文藝賞受
賞。衝撃のデビュー後、朝日新聞に入社し小説活動を休止。現在、ジャーナリストと
しても活躍。著書に『3・11 複合被災』等多数。

※※※※※※河出クラブの入会はこちらから※※※※※※