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編集担当者が語る、『想像ラジオ』が生まれるまで

第129回芥川賞候補となったいとうせいこうさんの16年ぶりの小説「想像ラジオ」。

おかげさまで3月の発売以来、いえ、作品が発表された「文藝」春号の1月7日の発売以来、本当に多くの反響がありました。

今日は3月11日に配信された、担当編集者による制作秘話を公開します。


◎『想像ラジオ』いとうせいこう ●1470円

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309021720/

↓特設サイト(いとうさんからのメッセージや作品の立ち読み、いとうさんと星野智幸さんの対談が読めます)

http://www.kawade.co.jp/souzouradio/


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◎『想像ラジオ』が生まれるまで

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 こんにちは。あるいはこんばんは。もしくはおはようございます。

『想像ラジオ』編集担当者です。


 1月7日に発売された「文藝」春号に掲載され、ありがたいことにかつてない反響を呼んだ、いとうせいこうさんの16年ぶりの小説『想像ラジオ』が、ついに単行本で発売されました。いとうさんの特集号となっているこの「文藝」は通常の3倍近くの売れ行きをみせ、あっという間に品切に(ごめんなさい!)。ツイッターでは発売前から1000件以上のコメントが寄せられ、おかげさまで発売前に重版が決定するというあまり類をみない事態になりました。

 この小説は......、すみません、編集担当なのにこんなことを申し上げるのも恐縮ながら、もう全力で「読んでください」の一言しか、お伝えできる言葉がありません。もしくは本屋さんで最初の1ページだけでも読んでみてください、としか。

 でも、これだけでは何の本かさっぱりわかりませんよね......。なので、せめて、ここではこの本ができるまでの経緯を通じて、少しでもこの作品の片鱗、私が見てきたいとうさんの思いを勝手にお伝えできればと思ってます。しばしお付き合いください。

(そうそう、ちなみに特設サイトでも立ち読みができますのぜひ)

http://kawade.co.jp/souzouradio/


 本作は東日本大震災直後の2011年3月15日に、いとうさんがツイッターを使って始めた「文字DJ」(アカウントは@seikoitoDJ)が発想の種となっています。避難所で音楽を聞くことはできない人でも、計画停電の最中で真っ暗闇の中にいる人でも、ただツイッターだけは見ることができる、そんな人たちに向けて。そして不安な毎日を過ごすすべての人たちに向けて、いとうさんはディスク・ジョッキーとなりツイッター上で文字だけを使って語り始めました。


 始まりのひとことはこうでした。


「被災地のみんな、心の被災をしているみんな、こんにちわ。DJせいこうです。原発ニュースが深刻だね。でも今はまずこんにちわ!」

https://twitter.com/seikoitoDJ/status/47496378192105472


 そこからDJせいこうは様々な曲をオンエアし始めました。あるときは音楽を。あるときは懐かしい人の声を。あるときは街の音を。あるときは太陽の光を、夜の闇を、優しさを、怒りを。リスナー(フォロワー)からのリクエストに応えながら。


「人の家族と隣り合わせで避難してて、好きな音楽も聞いてられない。電気がままならないからアンプとかつかえない。もともとはそんな人たちのために出来たラジオ局、想像ラジオ。今日も脳に直接オンエア。#mojidj」

https://twitter.com/seikoitoDJ/status/70311253029040128


「心に直接「放送」するラジオ。今日は一日「活力がみなぎる歌」を流すぜ。俺がこう言うだけで何十万種類の曲を無限にかけられるのさ。文字ってすげえだろ?どんな歌が聞こえてるか、ばんばん報告くれ!」

https://twitter.com/seikoitoDJ/status/48212452306989057


「全員想像で聞いてください。あとまったく別の曲を頭の中でかけちゃっても可。これはそういう世界一自由なラジオだから」

https://twitter.com/seikoitoDJ/status/47825914586861568


 今DJせいこうのタイムラインを改めて読んでみると、そこにはふだんのいとうさんの、面白くて優しくてカッコいい、人気者の物知り博士のようなイメージからは想像できないような様々な感情が、いとうさんにしては珍しくむき出しになっています。悲しみ、怒り、やるせなさ、どうしようもなさ、もどかしさ......。


「リスナーのみんな、「想像力」ってのは、美しくて優しいばかりじゃないぜ。こんな時に春を呼ぶ、音が聴こえると言ってるのは不謹慎だし、非常識だし、ある意味逃避だよ。お前らをだましてるんだ。でも俺はこの虚構を続けるぜ。うしろめたさで毎日ふとんかぶりながら。#mojidj」

https://twitter.com/seikoitoDJ/status/48972633307496448


 いとうさんはこのDJを続ける一方、哲学者/作家の佐々木中さんとチャリティ即興小説の執筆をウェブ上で開始します。おふたりが交互に新作小説を書いて募金を募る格好となった、世界にも類を見ないこの小説、冒頭の「立ち上がろう、立ち上がることができるなら。続けよう。続けることのできるなら」という一節は、いとうさんの小説『豊かに実る灰』を佐々木さんがパラフレーズしたものでした。

 それが紙の本として昨年2月に発売された『Back 2 Back』です。本書の印税はおふたりの希望により全額、東日本大震災の被災者の方々へ寄付されました。

http://www.atarusasaki.net/back2back/


 この単行本を刊行後の4月、私はいとうさんに、短編「私が描いた人は」「文藝」2012年夏号掲載)を経て、改めて長い小説を書いてほしい、とお願いしました。

 その時のメールのお返事でいとうさんはこのようにお書きになっています。

「考えていてなおかつ出口の見つかっていないテーマがひとつあり、なお考え中です(震災後すぐにツイッターアカウントを作ってつぶやいていた「想像ラジオ」を書いてみるという案で、数枚書いて試してはいたところでした)」

 そもそも私は、2005年4月に発売された「文藝」のしりあがり寿さん特集で、しりあがりさんといとうさんに対談していただいたことがきっかけとなり、折にふれ小説を書いてほしいとずっとお願いしてきました。このメールをいただいた時、「ついに長編が!」と胸を高鳴らせたことを昨日のことのように覚えています。初夏のような陽気の日でした。


 その「出口の見つかっていないテーマ」が作品として結実した小説が、この『想像ラジオ』です。......が、そんなに簡単に小説が完成するわけではありませんでした。そのメールの後、やりとりを続ける中で、いとうさんは創作の過程でかなり苦しまれている様がうかがえました。その間のメールを改めて読み返してみると、一時期は「あきらめました」ともお書きになっています。

 亡くなった方から聴こえてくる声を受信し、創作の世界の中に深く潜ってじっと聴く行為......今考えただけでも、その苦しさは図りしれません。想像を絶するものがあります。


 完成稿が届いたのは10月頭でした。この時、はじめて通読した時の思いといったら! 深く深く胸に染み入る感覚。ただ柔らかく包んでくれるような、痛みを癒してくれるような感覚。読み終わった後、私はただ滂沱の涙を流すことしかできませんでした。

 私事ですが、私は10代の頃に阪神・淡路大震災を経験して以来、いまだに生き残ってしまった罪悪感のようなものに、ふとした瞬間とらわれることがあります。2年前もそうでした。でも本作を読んだときに、初めてその張りつめていた心が溶け出していくような......いや、むしろ自分の心がずっと張りつめていたことに、初めて気がつかされたような気がします。

 ただ「悲しい」と言いたいだけだったのにずっと言えなかった。それがようやく言えるような気がしたのです。

 そしてあれから半年。3回忌がやってくる前の2013年3月5日、『想像ラジオ』単行本の発売にこぎつけることができました。


 今日は2013年3月11日です。東日本大震災から丸2年が経ちました。そして、阪神・淡路大震災からは18年が経ちました。東京大空襲、広島・長崎への原子爆弾投下から68年になります。

 そしてそんな歴史に残る事件とは無関係に、そっと身近で亡くなっていく人たちがいます。いつのまにかいなくなってしまった人たち、離れ離れになってしまった人たちがいます。きっと誰もが経験したことがあると思います。

「あの人は今頃どうしているんだろう?」

 ふとそんなことを思うとき、彼らを想像するとき、顔が浮かんできます。声が聴こえてきます。それが「想像ラジオ」なのかもしれません。


「死者と共にこの国を作り直して行くしかないのに、まるで何もなかったように事態にフタをしていく僕らはなんなんだ。この国はどうなっちゃったんだ」

「そうだね」

「木村宙太が言ってた東京大空襲の時も、ガメさんが話していた広島への原子爆弾投下の時も、長崎の時も、他の数多くの災害の折も、僕らは死者と手を携えて前に進んできたんじゃないだろうか? しかし、いつからかこの国は死者を抱きしめていることが出来なくなった。それはなぜか?」

「なぜか?」

「声を聴かなくなったんだと思う」

(『想像ラジオ』本文より)


 本作はすべての失われた人に向けて、死者に向けてそっと手向けられた1作です。祈りそのもの、といっていいかもしれません。

 無力感、絶望感に打ちひしがれ、未来を想像する力さえ失われたように感じられたあの時。そんな経験は、生きている限りすべての人に否応がなくおとずれてしまいます。

 そんなどうしようもない現実で生きているからこそ、小説は傷ついた私たちを癒してくれます。そして、さらにこの小説は、深い深い悲しみと共に生きていく方法を教えてくれます。


「生きている僕は亡くなった君のことをしじゅう思いながら人生を送っていくし、亡くなっている君は生きている僕からの呼びかけをもとに存在して、僕を通して考える。そして一緒に未来を作る。死者を抱きしめるどころか、死者と生者が抱きしめあっていくんだ。」

(『想像ラジオ』本文より)


 さて、少ししゃべりすぎてしまったかもしれません。そろそろお別れの時間です。

 でも「想像ラジオ」のオンエアは続いています。耳を澄ませてください。


「心が重さに耐えられない時、「放送」は即座に始まる。必ず」

https://twitter.com/seikoitoDJ/status/87081327333081089


「聴こえているかい? 続いているんだよ。ずっとだぜ。その曲がかかってるから元気出して!」

https://twitter.com/seikoitoDJ/status/299382842092318722


 聴こえますか? 聴こえていますか?

 想ー像ーラジオー。


(編集第一部 坂上陽子)


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◎本稿でふれられたいとうさんと佐々木中さんの共著『Back 2 Back』も発売中です。

→『Back 2 Back』いとうせいこう/佐々木中 ●1470円

「立ち上がろう、立ち上がることができるなら。続けよう。続けることができるなら」震災下の列島においてチャリティとして打ち合わせなしの即興で創作された共作小説。印税全額寄付。

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309020891/


◎「想像ラジオ」特設サイトはこちらです。

作品の立ち読み、いとうさんからのコメント、「文藝」掲載のいとうさんと星野智幸さんとの対談の一部、また読者からの声を集めたフリーペーパーや書店さん用のPOPがダウンロードできます。

http://www.kawade.co.jp/souzouradio/


◎多くの方から反響をいただいています。ぜひその〈声〉を聴いてください。

→16年ぶりの新作・いとうせいこう『想像ラジオ』への大きな反響

http://togetter.com/li/436560

→「今月の絶対はずさない! プラチナ本」(電子ダ・ヴィンチ)

http://ddnavi.com/dav-contents/125967/


◎「想像ラジオ」を読み終わった方へはこちら。

→いとうせいこう『想像ラジオ』から流れてくる曲はたとえばこんな曲。

http://togetter.com/li/464838



(初出:『かわくらメルマガ』vol.4 東日本大震災から2 311」特別号